浪川政浩
九州誠道会の後継組織である浪川会の浪川総裁

2006年07月に車で走行中だった道仁会系組員らを銃撃したとして、2024年01月20日までに二代目浪川会系幹部ら7人が殺人未遂などの疑いで逮捕された。事件当時、道仁会とそこから離脱して結成された九州誠道会との間で抗争が起こっていて、逮捕された7人は九州誠道会系組員だった。

2024年02月07日、逮捕されていた二代目浪川会系幹部ら7人が不起訴となった。


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バイクで追い越しざまに車を銃撃 18年前の事件で暴力団幹部ら7人逮捕
2024/1/20 16:23

(産経新聞) https://www.sankei.com/article/20240120-F4AXPOFJJRKMLG3SX3RAVBCSRY/

18年前の銃撃事件で暴力団幹部ら7人逮捕 殺人未遂など容疑
2024年01月20日 18時50分

(NHK) https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20240120/5030019921.html

道仁会系組幹部銃撃、浪川会傘下組織幹部ら7人不起訴…長崎地検「十分な証拠がなかった」
2024/02/08 12:47

(読売新聞) https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20240208-OYTNT50043/


このニュースのまとめ

  • 2024年01月20日までに、二代目浪川会系幹部の吉永敦(53・福岡市東区)、組員の重富保宏(45・佐賀県武雄市)、無職の男(48・鹿児島県伊仙町)など、計7人が殺人未遂などの疑いで逮捕された。
  • 逮捕容疑は2006年07月03日16時30分頃、長崎県佐世保市早岐1の県道222号で、乗用車に乗って走行中だった道仁会系組員ら3人(当時47~58歳)に対し、拳銃を数発発砲して殺害しようとした疑い。
  • バイクに乗った2人組の男が、車を追い越しざまに銃撃したとみられている。弾丸は車体などにあたり、組員ら3人にケガはなかった。
  • 警察は、拳銃などの物証捜査や関係者への聞き込みを積み重ね、事件から約18年経ってからの逮捕となった。
  • 事件当時、福岡県に本部を置く道仁会とそこから離脱し結成された九州誠道会との間で抗争が起こっていて、逮捕された吉永ら7人全員が、事件当時は九州誠道会系の組員だったとみられている。
  • 2024年02月07日、長崎地検は逮捕されていた、二代目浪川会系幹部の吉永敦など計7人を、不起訴処分とした。


道仁会と九州誠道会の抗争について

2006年05月、福岡県久留米市に本部を置く二代目道仁会は、二代目会長の松尾誠次郎が引退を表明し、後継に二代目道仁会理事長で二代目松尾組組長の大中義久を指名する。この会長人事を不服として、傘下組織の三代目村上一家は同じ傘下組織であった永石組、鶴丸組、高柳組と共に二代目道仁会を脱退した。

村上一家は福岡県大牟田市に本部を置く独立組織だったが、地元組織との抗争を経て1983年頃に九州の道仁会へ加入。大牟田市内で最大の勢力を誇る暴力団組織で、道仁会の中でも最大の傘下組織となっていた。

二代目道仁会を離脱した三代目村上一家らは、2006年07月頃に離脱組で九州誠道会を結成。二代目道仁会副理事長だった三代目村上一家総長の村神長二郎が会長に就任する。

道仁会と離脱した九州誠道会との間で分裂抗争となり、道仁会の本部がライフルで掃射されたり、複数の道仁会系組事務所に手榴弾が投げ込まれたり、九州誠道会系組事務所に火炎瓶が投げ込まれて全焼したり、九州各地で双方の組員が銃撃されたり、九州誠道会の幹部や傘下組員が殺害されるなどの事件が起こった。

2007年08月、福岡県福岡市中央区の路上で三代目道仁会会長の大中義久が九州誠道会系組員に射殺される事件が発生。道仁会のトップは内部抗争によって襲名からわずか1年3箇月で殺害された。

2007年09月、服役中だった三代目道仁会理事長で小林組組長の小林哲治が跡目に推され、四代目道仁会会長を襲名した。2007年11月には佐賀県の病院に入院していた一般市民が九州誠道会関係者と間違えられ、四代目道仁会系組員に射殺される事件も起こった。

2008年02月に九州誠道会は指定暴力団へ指定され、抗争を終結する意思も表明する。村神長二郎は引退し、2008年03月に九州誠道会理事長で四代目村上一家総長の浪川政浩が二代目九州誠道会会長を襲名した。

2009年07月、二代目九州誠道会は一連の抗争の死者を弔うため、福岡県大牟田市にある民間墓地に抗争で亡くなった両団体の幹部らの名前を彫った忠魂碑を建てたが、2011年01月頃に何者かによって撤去された。

2011年頃から抗争が再燃し、複数の九州誠道会系組員が殺害される。2011年08月には二代目九州誠道会関係者が四代目道仁会会長の小林哲治の自宅の塀を乗り越え、拳銃を発射し手榴弾を投げ込んだ。

2012年12月に両組織とも日本で初めて特定抗争指定暴力団に指定される。2013年06月、四代目道仁会と二代目九州誠道会の間で手打ちが行われるとの情報が流れ、二代目九州誠道会は解散届を提出して解散した。

しかし浪川らは引退せず、2013年10月に九州誠道会の後継組織である浪川睦会(現・浪川会)を発足させ、浪川が会長に就いた。その後、浪川睦会は2013年12月に指定暴力団に指定された。

この頃には四代目道仁会との抗争は沈静化し、両団体は2014年6月に特定抗争指定暴力団の指定を解除された。抗争終結までに14人の死者を出す大規模な抗争となり、ライフルや手榴弾が使用されるなど、九州ヤクザの恐ろしさを知らしめる結果となった。

抗争は終結したとみられているが、2017年10月には福岡県大牟田市にある浪川会の本部事務所に元道仁会系組員が潜入し、拳銃を発砲する事件が起こるなど、抗争の延長とみられる事件は現在も続いている。



 ⇒ 浪川会の詳しい経歴 



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