
2017年06月13日午後、愛媛県西条市神拝甲の路上で神戸山口組『二代目木村會』幹事長が刺されるという事件が発生した。木村會幹事長は病院で死亡が確認された。翌日に六代目山口組『二代目大石組』舎弟頭が殺人容疑で逮捕された。2人は以前から面識があり、事件直前に一緒に居るのを目撃されているということで、抗争ではなく個人的なトラブルの可能性もあるという。
2017年07月04日、逮捕されていた大石組舎弟頭は傷害致死の罪で起訴された。大石組舎弟頭は「(木村會幹事長に)バカにされて腹が立った」と供述していたが、殺意は立証できなかったようだ。2018年01月30日、傷害致死などの罪に問われている大石組舎弟頭の初公判が松山地裁で開かれ、大石組舎弟頭は「刺そうと思って刺したわけではない」として起訴内容を一部否認した。
2018年02月08日、大石組舎弟頭の判決公判が松山地裁で開かれ、裁判長は懲役7年(求刑懲役10年)の実刑判決を下した。
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山口組傘下75歳組長を殺人容疑で逮捕 路上で男性刺す 愛媛・西条
2017.6.14 15:58
(産経ニュース) http://www.sankei.com/west/news/170614/wst1706140057-n1.html
殺人容疑で暴力団組長逮捕
2017年06月14日 18時44分
(NHK NEWS WEB) http://www3.nhk.or.jp/lnews/matsuyama/8004257881.html
殺人 山口組系組長逮捕 神戸山口組系幹部殺害で愛媛県警
2017年6月14日 19時48分
(毎日新聞) https://mainichi.jp/articles/20170615/k00/00m/040/053000c
“六代目”傘下組長、別組織の幹部を殺害か
2017年6月14日 21:54
(日テレNEWS24) http://www.news24.jp/articles/2017/06/14/07364272.html
西条 暴力団関係者の男を起訴
2017年07月04日(火) 19:31
(eat 愛媛朝日テレビ) http://eat.jp/news/index.html?date=20170704T193132&no=4
傷害致死罪 暴力団組長起訴 殺人から切り替え /愛媛
2017年7月5日
(毎日新聞) https://mainichi.jp/articles/20170705/ddl/k38/040/493000c
知人死なせた元組長 一部否認
2018年01月30日 12時34分
(NHK NEWS WEB) http://www3.nhk.or.jp/matsuyama-news/20180130/0000335.html
元暴力団組長 「刺そうと思って刺したわけではない」(愛媛県)
2018/1/30 15:13 南海放送
(日テレNEWS24) http://www.news24.jp/nnn/news8789444.html
(追記)
傷害致死の暴力団関係者に懲役7年
2018年02月08日(木)19:13
(eat 愛媛朝日テレビ) http://eat.jp/news/index.html?date=20180208T191325&no=5
知人死なせた元組長に懲役7年
2018/02/08 19:20
(NHK NEWS WEB) http://www3.nhk.or.jp/lnews/k/matsuyama/20180208/8000000397.html
このニュースのまとめ
- 2017年06月13日午後、愛媛県西条市神拝甲の路上で神戸山口組『二代目木村會』幹事長の岡充浩(52・愛媛県新居浜市)が腹など数箇所を刺されて倒れているのが見つかり、病院で死亡が確認された。
- 2017年06月14日、六代目山口組『二代目大石組』舎弟頭で『横井組』組長の横井興人(75・愛媛県西条市)が殺人の疑いで逮捕された。
- 2017年07月04日、松山地検は横井興人を傷害致死の罪で松山地裁に起訴した。起訴状によると06月13日19時25分頃に西条市神拝の路上で岡充浩を刃渡り約30cmの刃物で腹など複数回刺して死亡させたというもの。
- 2018年01月30日、傷害致死などの罪に問われている横井興人の初公判が松山地裁で開かれ、横井は「刺そうと思って刺したわけではない」として起訴内容を一部否認。検察側は冒頭陳述で「被告と被害者には数年前からトラブルがあり、周囲に不満を漏らしていた。被告、刺したあとみずから消防に通報しているが、現場から車で松山市まで逃げた。刺し傷の方向や深さから意図的に刺したことは証明できる」と指摘し、弁護側は「事件当日、被害者が被告に悪態をつき、短刀を見せて追い払おうとした被告がバランスを崩して転倒し、腹に短刀が刺さってしまった」として傷害致死罪は成立しないと主張した。
- 2018年02月08日、横井興人の判決公判が松山地裁で開かれ、裁判長は懲役7年(求刑懲役10年)の実刑判決を下した。「殺傷能力の高い刃物で丸腰の被害者を突き刺しており、傷の状態から意図的に刺したと判断できる。危険で悪質な犯行」とした一方、「被告に対する被害者の言動から突発的に犯行に及んだ可能性がある、遺族に対し謝罪するなど反省がみられる」
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コメント
コメント一覧 (18)
「白石議員が白石建設の社長時代から大石さんと付き合いが始まり、以後続いてきたわけです」
実は今回の山岡名誉教授を大石氏に紹介したのは高橋氏だと言う。
「紹介はしたが、山岡さんがその後にカネを借りていたことは最近知った。この件では1カ月ほど前にもテレビ局記者から取材を受けました。日大やJOC(日本オリンピック委員会)の問題を調べていると言うから協力したのになぜか山岡さんしか報道されていないのはおかしい」
白石とおる議員は大石ごう県議員を応援させられてましたね。
弟である<山口組大石組大石総業>大石丈親分の力もあります。
パイプはがっちりやw
さる3月17日「衆議院議員 白石徹」さんの死去に伴い、衆議院愛媛第3選挙区の補欠選挙は、10月10日告示22日投票と決まっているが、その候補者擁立・選考にあたり、4月2日に新居浜市で行われた「白石徹君を偲ぶ会」の席上、麻生副総理から「徹議員の息子の寛樹君を白石徹の政治理念を引き継ぐものとして擁立してほしい」との意向を込めた言葉があり、関係者一同この言葉が重くのしかかり、ゆえにその後の候補者選考に苦慮する空気が充満していた。地元としては若くて政治経験のない宏樹君に務まるのか?とか、2世議員が国会でもいろいろ問題を起こしている事例があり大丈夫か?中央主導で決められと良いのか?などなどいろいろなご意見があり、愛媛県県連としては公募を実施した。6月6日の期限までに正規に応募要件が整ったのは「白石寛樹」さん1名であった。その後も慎重に本人の意思や選挙に向けての体制確認などを重ね、7月7日自民党愛媛県連常任総務会において、「白石寛樹」さんを満場一致で党本部に公認申請することに決定しました。
①親父の「愛・夢・感動のふるさとづくり」の政治理念を背中で学び、それを継承し地域のために尽くしたいとの自らの意思と決意が確認できた。②若さや経験不足は麻生大臣などが責任をもってカバーし、自民党とて選挙区と候補者を支援いただけることが確認できた。徹さんの遺産としても強い仲間がいることは有難いことです。③プライべートなことも社会人として自ら襟を正して責任ある解決と行動をする。・・などについてが審査の中で討議検討了承され、党に公認を申請することになっています。
税金が認知した人の生活費になるいうことか?
汗水たらしておのれで働いて養わんかい
あまったれのぼんぼんかや
寧ろ大石議員に力貸してやってまっせ!
⇒告発大スクープ: 「愛媛3区補選」自民党候補者「白石寛樹氏(29)」のトラブルだらけの臍下三寸
■これでは、安倍チルドレン「魔の1回生」が誕生する!自民党は即刻候補者を変更しろ!
https://www.dailyshincho.jp/image/latest_issue/shukanshincho/poster.jpg
【解散総選挙】永田町で急速に広まる「9月解散、10月22日総選挙」説
https://news.yahoo.co.jp/byline/azumiakiko/20170811-00074414/
> 中でも愛媛3区は後継として死去した現職の次男が手を挙げたが、
> その素行についての怪文書が飛びまくっている。
> もし1議席でも落とせば、情勢は自民党に不利になりかねない。
> ならばいっそこの日に総選挙に持ち込もうというのが、早期解散説のひとつの根拠だ。
衆院愛媛3区補欠選挙(2017年10月10日告示)で、白石徹氏の次男で新人の白石寛樹の公認
http://lavender.2ch.net/test/read.cgi/giin/1500360057/
【週刊新潮】大スクープ!「愛媛3区補選」自民党候補者「白石寛樹氏(29)」のトラブルだらけの臍下三寸
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/liveplus/1503392727/
* * *
山口組の芸能活動は古く、もとはといえば二代目組長の山口登時代にさかのぼる。本格的に力を入れ始めたのが、終戦の翌1946年、田岡一雄が三代目組長を襲名してからだ。田岡は戦後復興から高度経済成長期にかけ、港湾事業と芸能興行を組の収入源の二本柱に据えた。
そして田岡によって直参組長に引き上げられた大石誉夫(山口組初代大石組組長、8月9日に誤嚥性肺炎で死去)は、芸能興行とともに建設談合の世界でもその名を轟かせるようになる。それは日本の都市開発が、主要な港湾を中心に展開されてきたからにほかならない。
いわば日本社会が暴力団とともに成長し、芸能界だけでなく、政財界もまた暴力団ともたれ合ってきた時代である。しぜんそこでは、濃密な人間関係が垣間見られた。大石は芸能界だけでなく、政財界の多くの知己と交流を続けてきた。話を芸能界に戻す。
俊藤は富司純子の実父であり、寺島しのぶの祖父にあたる。社長の岡田茂と二人三脚で東映の全盛時代を築いたのち独立。俊藤が設立した「オスカープロダクション」制作部長を務めた川勝は、こんな裏事情を明かしてくれた。
「愛媛出身の大石さんは、岡山県で大石組を立ちあげてあそこまでになったけど、最初は金がなかったんです。そのしんどいとき、東映の俊藤さんが『金儲けしいや』言うて助けてやった。それが岡山市内で開いた『東映祭り』でした。そこに、健さんをはじめ、鶴(鶴田浩二)さんや若山の富(三郎)さん、文(菅原文太)さん、富司純子さんらを総動員した。体育館みたいなホールのステージに彼らをあげて歌わせると、会場はいつも鈴なりの満席。興行はいつも大成功でした」
芸能界では、この手のイベントを“花興行”と呼ぶのだそうで、興行の裏に暴力団組織がいると分かっていても、警察もさほどうるさくなかった。
「花興行の大きなアガリは祝儀です。大石組が仕切っているのは皆わかっているから、地元や周辺の会社の経営者たちが100万円以上包んで持って行く。山ほど祝儀が集まりました。東映祭りは年に2~4回やっていたから、大石さんは羽振りがようなって、『一生忘れへん、(東映には)恩返しせんといかん』と口癖のように僕に言うてはりました」(川勝)
芸能活動を梃子にゼネコン業界に睨みを利かせてきた大石組は、その資金力を武器に、山口組最高幹部にまで昇りつめた。
ちなみに高倉健主演の『山口組三代目』(1973年公開)は、田岡の長男・満がプロデュースしている。実は、満の結婚を取り持ったのが東映の俊藤だ、と川勝がこう打ち明けてくれた。
「満さんの相手は、俊藤さんが富司純子の後釜に据えようとした3人の女優のうちの一人。パチンコ屋の娘だった中村英子でした。満さんとの結婚披露宴は、それは盛大でしたで」
山口組で芸能部門を担ってきた大石は、俊藤とも親しく、映画にも貢献した。俊藤浩滋はのちに岡田茂や高倉健と袂を分かち、独立する。そこからの消息はあまり伝えられていないが、独立後は資金繰りに窮していたようだ。そこで頼ったのが、大石だったという。川勝が続けた。
「(俊藤が)亡くなる1年ほど前(2000年頃)だったと思います。俊藤さんは大石さんに1000万円ほど借金したのです。それで亡くなったあと、香典がいっぱい集まったので、遺族が借金を返そうとした。純子さんと腹違いの妹や弟たちの間で、誰が返しに行くか、揉めとった。純子さんは責任感が強いし、大石さんのことも知っているので自分が行こうとしたらしいけど、妹たちが反対してね。妹たちが行ったらしいけど、結局、大石さんはそのカネを受け取ったかどうか、わからへんのです」
斯界の常識からすると、借金の返済は故人への香典として受け取らないものだという。昔のやくざ気質の強い大石は、とりわけ気風よく振舞ったし、全盛期の大石にはそれくらいのゆとりもあった。私自身、大石が行きつけの高級中華料理店で、ボーイに一人5万円ずつチップを渡している姿を見たこともある。大石は知り合いに借金を頼まれると言い値を貸し、さほど取り立てもしなかったという。
「田岡満の還暦祝いは折しも、山口組が五代目から六代目体制に移行する過程でしたから、余計に警戒しました。若頭(ナンバーツー)の宅見勝の射殺事件が起きて以降、組織の混乱が続いていた。六代目体制になる前に五代目の重鎮たちが集まったという感じでしたね」(前出の元大阪府警刑事)
芸能界に精通する大石は先妻の死後、テレビ時代劇「暴れん坊将軍」に出演していた女優を後妻に迎えた。だが、そんな山口組最高幹部も、引退後は寂しい晩年を迎えた。知人が言う。
「山口組の功労者として引退後も手厚く遇されるはずだったが、山口組の分裂でそれどころではなくなった。おまけにこれまで世話になった連中も、借金を踏み倒し始めた。それで裁判になるようになった」
山口組の分裂から間もない2015年11月、日大名誉教授が山口組元最高幹部から2000万円の借金をしていたことが発覚して話題になった。まさにそれが全盛期の大石がタニマチ感覚で融通したものだ。
享年84。かつて組織の屋台骨を支えた大物組長は、恒例の山口組葬もなく、家族だけに見送られ、人知れずこの世を去った。「ヤクザと芸能」の最後の生き証人だった。