img_20131028_1744271

2015年10月15日頃、六代目山口組から絶縁されていた、元六代目山口組若中で二代目英組組長の藤田恭道が、神戸山口組若中で復帰したという情報があった。山口組分裂以降は両組織ともに絶縁・破門者の復帰を働きかけているという。この復帰した藤田組長について、ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみることにする。


スポンサーリンク


二代目英組・藤田恭道組長の経歴

img_20131028_1744271

藤田恭道(ふじた やすみち)、本名は藤田恭右、1972年06月生まれ、神奈川県の出身。

英組副組長だった広瀬政次郎(広瀬正勝)が率いる広政一家で頭角を現し、広政一家から改称した廣政會で若頭を務め、二代目廣政會会長を継承して英組の直参となった。

2002年頃には英組会長付に起用され、その後に英組若頭へ昇格している。2013年10月に英組の英五郎組長が引退すると二代目英組組長を継承、41歳で六代目山口組の直参となった。

しかし、2014年03月に突如として六代目山口組から絶縁処分される。これは藤田が過去に覚せい剤での逮捕歴があり、まだ執行猶予が空けてなかったという理由だったと記憶している。六代目山口組体制では覚せい剤を厳禁とする方針を打ち出していた。

藤田は二代目英組を継承する前にこのことを六代目山口組の大阪ブロックの直参らに伝えていたが、直参らは問題ないとしていた。だが覚せい剤での逮捕歴を知った山口組執行部は激怒し、藤田は絶縁されてしまい強制引退を余儀なくされたという。英組は解散した。

二代目英組で若頭を務めていた高島伸佳が英組の地盤を継承し『朋友会』を立ち上げ会長に就任、36歳で六代目山口組の直参となっている。

藤田組長は初代英組で若頭を務めていた頃、大阪のホテルで暴れて逮捕され若頭を降格させられていたという情報があるが真相は分からない。また、元ボクサーだという情報もあるようだ。


今後は

2015年10月15日頃、藤田組長は神戸山口組若中として渡世に復帰した。藤田組長の復帰に対し六代目山口組は、初代の英五郎元組長も遡って絶縁にするとしたようだ。

藤田組長は41歳で六代目山口組の直参となり、わずか半年で絶縁、そして1年半後に神戸山口組の若中になるという異例の経歴となった。

藤田組長が二代目英組を継承した時の若頭である高島会長は朋友会会長として六代目山口組の直参となっているので、かつての仲間が敵対組織というのは何とも言えない境遇である。

神戸山口組の直参は平均年齢が高かったが、まだ40代前半である藤田組長の加入により若い人材がいることをアピール出来る。

英組の名跡復活は神戸山口組にとって正統性を保つ上でも追い風になるのであろうか、今後の動きに注目したい。


スポンサーリンク