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2019年11月13日頃、六代目山口組統括委員長の極心連合会『橋本弘文』会長が引退することが発表された。橋本会長は二~三代目山健組で要職を歴任し、2005年に五代目山口組の直参へ昇格。六代目山口組体制でナンバー3~4の重責を担い、高山若頭の収監中は若頭に代わって執行部を切り盛りした。

山口組分裂後の2015年12月、橋本会長の引退or離脱騒動が発生し、一時は行方不明にもなったが、引退や離脱を撤回し、六代目山口組に残留し現役続行していた。高山若頭が出所して現場復帰すると、高山若頭に引退の意思を伝え、正式に引退が決まったとみられる。


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六代目山口組 高山若頭が動く 極心連合会の橋本会長引退
2019年11月14日 

(いまにしのりゆき) http://www.imanishinoriyuki.jp/archives/56080655.html

六代目山口組の島田紳助引退で取り沙汰された大物組長が引退…そのほか人事面での改革が断行中
2019.11.18

(Business Journal) https://biz-journal.jp/2019/11/post_128296.html

出所の高山若頭が人事で動き回り「山口組3派」は荒れ模様
2019/11/19 06:00

(日刊ゲンダイDIGITAL) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/264893/




極心連合会 橋本統括委員長引退の衝撃
2019年11月22日 23時00分

(WJN 週刊実話) https://wjn.jp/article/detail/8361631/



このニュースのまとめ

  • 2019年11月13日頃、六代目山口組統括委員長で『極心連合会』会長の橋本弘文(72)が、引退することが発表された。
  • 橋本会長は先月に出所した六代目山口組の高山清司若頭と会談し、引退の意思を伝え、了承されたとみられている。



橋本弘文会長の経歴

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橋本会長は1963年頃に大阪の独立組織であった南一家『吉田組』にて渡世を開始し、吉田組が程なく解散すると自身で橋本組を結成。しばらく独立組織として活動していた。

1976年に三代目山口組若頭であった山本健一が率いる山健組へ加入し、山口組入り。1982年に山本組長が病没すると、山健組若頭だった渡辺芳則が二代目山健組組長を継承。橋本会長は二代目山健組若頭補佐に起用され、その後に二代目山健組若頭代行に就任する。

1983年頃に橋本組を極心連合会に改称。1989年に渡辺組長が五代目山口組組長を襲名すると、二代目山健組若頭だった桑田兼吉が三代目山健組組長を継承。橋本会長は三代目山健組若頭に抜擢された。

1997年に桑田組長が配下の組員に拳銃を所持していたとして逮捕され、2003年に最高裁で桑田組長の実刑が確定すると、橋本会長は三代目山健組組長代行に就任し、組長不在となった三代目山健組を支えた。

2005年04月に橋本会長は内部昇格で五代目山口組の直参となり、06月には五代目山口組若頭補佐に抜擢されて執行部入り。2005年08月に六代目山口組が発足すると、引き続き六代目山口組若頭補佐を務め、2012年04月には新設された六代目山口組統括委員長に就任。

橋本会長が極心連合会を率いて六代目山口組の直参に昇格した2005年頃、大阪府警が橋本会長の自宅を家宅捜索した際、待機していた組員と警察が集団で揉み合いになり、路上で乱闘する騒動が発生した。この時の映像がニュースで流され、一部ネット上で話題となった。





2011年08月、タレントの島田紳助さんが橋本会長と交際しているとして、芸能界引退に追い込まれた。1998年頃から付き合いがあったとみられ、橋本会長は島田さんのトラブルなどを解決していたとされる。

2013年10月、極心連合会で若頭や舎弟を歴任した山下昇(極粋会会長)が、内部昇格で六代目山口組の直参に昇格。

橋本会長は六代目体制において一貫して最高幹部にあって、六代目山口組を支える重要な役割を果たしてきた。六代目山口組の高山清司若頭が収監されると、実質的に若頭代行として若頭不在となった執行部の中核を担った。

極心連合会は最盛期には800人もの構成員が居たと言われ、元ボクシング世界王者も極心連合会の相談役だったとされる。橋本会長の知名度や人気も高く、一世を風靡する組織となった。

しかし、2015年08月に六代目山口組が分裂し神戸山口組が結成されると、12月頃に橋本会長は引退や離脱を示唆する。六代目山口組の司忍組長らとともに先代組長の墓参りをした後、橋本会長を乗せた車が車列から外れ、一時行方不明となる。

その後、六代目山口組執行部が橋本会長を慰留し、引退や離脱することなく残留が決定。この騒動により、組織内での橋本会長の影響力が低下したとみられていて、舎弟に直ったとされる。

2018年02月、神戸山口組『四代目山健組』から絶縁されていた二代目兼一会が、極心連合会へ加入。二代目兼一会会長は四代目山健組の最高幹部だったが、トラブルがあり絶縁処分されていた。神戸山口組系組織が六代目山口組系組織へ出戻る、大型移籍となった。その後、2019年11月に二代目兼一会は内部昇格で六代目山口組の直系組織に昇格。

2019年11月、橋本会長は引退の意思を表明し、長きに亘った渡世生活に幕を下ろした。



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