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二代目宅見組の入江禎組長は、2015年に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、六代目山口組を離脱して神戸山口組に参画。神戸山口組副組長に就任し、神戸山口組の井上邦雄組長に次ぐナンバー2となった。約7年間にわたって井上組長を支えてきたが、2022年09月、神戸山口組を離脱するに至った。


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山口組離脱、神戸山口組結成

2015年08月、六代目山口組から複数の直系組織が離脱し、離脱した勢力が神戸山口組を結成すると、入江組長は六代目山口組を離脱し、神戸山口組に結成メンバーとして参画。六代目山口組からは絶縁処分された。

神戸山口組は、司六代目と若頭の高山会長の組織運営に不満を持っていた、六代目山口組若頭補佐の井上邦雄(四代目山健組)組長と、舎弟の正木年男(正木組)組長が新組織の結成を計画し、舎弟の寺岡修(侠友会)会長などが計画に加わり、舎弟の池田孝志(池田組)が口説かれた後、それら全員で入江組長を口説き落とし、結成されたという。

入江組長は神戸山口組副組長に就任し、神戸山口組の井上組長に次ぐ、神戸山口組のナンバー2となった。

入江組長は六代目山口組で総本部長を務めていたことから、六代目山口組の金庫番とも言える仕事をしており、山口組の金の流れや財政状態を全て熟知しているとされ、いざとなれば司六代目を脱税で告発するだけのデータと証言を持っているなどと報じられた。

そのためか、六代目山口組が二代目宅見組への切り崩し工作を止めるよう指令を出していたとされる。

神戸山口組の結成後、神戸山口組は六代目山口組系組織から組員を引き抜くなどして、多数の移籍者を獲得しており、二代目宅見組にも多くの組員が移籍したとみられている。また、引退していた組長を復帰させるなどもあって、結成当初は13人だった直系組長の数は増加し、最盛期には28人にまで膨れ上がった。


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神戸山口組副組長に就任した入江組長



相次ぐ抗争、組事務所の制限

六代目山口組と神戸山口組との間で分裂対立抗争が頻発するようになり、全国各地で両山口組の組員同士の小競り合い、組事務所や組長宅へ車両の特攻、発砲事件などが相次いだ。

2015年12月、大阪ミナミの路上で二代目宅見組系組員と六代目山口組『三代目弘道会』系組員がトラブルになり、二代目宅見組系組員が負傷する事件が発生。数時間後、大阪市浪速区にある三代目弘道会『三代目米川組』事務所のドアがバットで破壊され、二代目宅見組幹部らが逮捕された。

2016年02月、奈良県大和郡山市にある六代目山口組『極粋会』系元組事務所に、車が特攻する事件が発生。二代目宅見組幹部らが逮捕された。

2016年11月、岡山県津山市にあるガソリンスタンドで、二代目宅見組『四代目杉本組』組員が銃撃される事件が発生。元六代目山口組『大石組』系組員が逮捕された。

2018年12月、岡山県津山市にある六代目山口組『二代目竹中組』傘下『三代目杉本組』幹部の自宅に、銃弾が撃ち込まれる事件が発生。二代目宅見組『四代目杉本組』幹部が逮捕された。

六代目山口組と神戸山口組による抗争が相次いだため、2020年01月に両山口組は特定抗争指定暴力団に指定された。大阪市が警戒区域に設定されたため、二代目宅見組の本部事務所は使用禁止となった。

特定抗争指定暴力団が解除されても使用を制限するため、2020年12月に暴追センターが使用禁止の仮処分を申請。2021年02月に大阪地裁が仮処分を決定している。


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使用が禁止された二代目宅見組の本部事務所


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神戸山口組の衰退、相次ぐ離脱

当初は勢いがあった神戸山口組だが、幹部らが銃撃されるような抗争ではやられっぱなしの場面が続き、神戸山口組は徐々に勢いに陰りが見られるようになった。

井上組長のやり方や組織運営に失望し、先行きが暗くなってきた神戸山口組を見限り、複数の直系組長や傘下組織が神戸山口組から離脱したり、引退したり、六代目山口組に出戻ったりと、組員の流出が相次ぎ、神戸山口組の構成員は減少して行った。

2017年04月に若頭代行だった織田絆誠会長らが神戸山口組を離脱し、絆會(旧・任侠山口組)を結成。2020年07月には神戸山口組の中核組織で、井上組長から引き継いで五代目山健組を継承していた中田浩司組長が離脱。同時期に最高顧問の池田組長も離脱。その直後には総本部長だった正木組長が引退している。

2019年11月には、幹部の古川恵一(三代目古川組)総裁が、六代目山口組『二代目竹中組』元幹部に銃撃されて亡くなる事件が発生。他の本家幹部への襲撃事件も起こった。

神戸山口組は、2015年末の時点で構成員2800人・準構成員3300人の計6100人が居たが、2021年末には構成員510人・準構成員540人の計1050人にまで減少。さらにその後にも複数の直系組織が離脱しているため、構成員数は激減しているとみられている。

二代目宅見組でも、複数の組員や傘下組織が離脱しており、2020年11月頃からは六代目山口組による二代目宅見組への引き抜き工作も解禁されたという。2022年02月には、入江組長が初代宅見組内で結成し、二代目宅見組の中核組織であった三代目勝心連合が離脱し、六代目山口組『三代目弘道会』傘下『野内組』へ移籍した。

2022年05月、大阪府豊中市にある入江組長の自宅に、六代目山口組系組織の関係者が運転する車が突っ込む事件が発生。入江組長への圧力も迫っていた。


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自宅に車が突っ込んだ入江組長



三派連合に尽力するも、神戸山口組から離脱

神戸山口組が抗争で劣勢に追い込まれ、このままでは解散は時間の問題だということは、誰の目にも明らかとなっていた。

若頭の寺岡会長が神戸山口組を円満に解散させるべく、他団体のトップらと会談を重ね、仲裁役を立て、井上組長を引退させようとしたが、井上組長は引退や解散に反対し、寺岡会長の計画は白紙となった。

引退解散工作に失敗した寺岡会長は、2022年08月に神戸山口組を離脱した。

入江組長は神戸山口組の延命を図るべく、離脱してからも関係が良好だった池田組長が率いる池田組と親戚縁組を結ぶことで、その池田組と同盟関係にある織田会長が率いる絆會も合わせ、2022年09月に三派で連合を発足させた。

入江組長は神戸山口組の解散には反対だったとされ、解散賛成派の寺岡会長とは路線の対立があったとみられていたが、寺岡会長が離脱したことで解散賛成派が居なくなり、三派連合が実現したとされる。

しかし、神戸山口組から離脱した池田組長は除籍処分だったが、織田会長は絶縁処分されていて、絆會が行った記者会見では井上組長らを痛烈に批判していたこともあって、2017年09月に織田会長が乗る車の車列が銃撃され、組員1人が亡くなり、犯人とみられる神戸山口組『四代目山健組』系だった組員が今も逃亡している。

三派で連合を組むには事情がややこしいが、過去の怨讐を乗り越えるため、連合関係となった絆會の亡くなった組員の5回忌の命日に、神戸山口組の幹部らが事件現場に出向いて焼香したが、井上組長は今も織田会長を快く思っておらず、幹部が焼香に行くことの報告を受けていないとして、焼香を良しとした入江組長に激怒したという。

神戸山口組の為を思い、三派連合の立役者となった入江組長だったが、この出来事がきっかけとなり、2022年09月に神戸山口組を離脱。これにより神戸山口組の結成計画に加わっていた組長は、井上組長を除き、誰も居なくなった。



 ⇒ 入江組長の経歴 前編 




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