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2022年09月21日、神戸山口組副組長を務める二代目宅見組の入江禎組長が、神戸山口組を離脱したと報じられた。入江組長は神戸山口組で一貫して副組長を務めていて、神戸山口組のナンバー2だった。

神戸山口組では、2022年08月にナンバー3の若頭だった寺岡修会長ら直参3人が離脱するという、近年最大の難局が訪れていた。組織の維持を図るため、2020年に離脱していた池田組と親戚縁組を結び、池田組と同盟関係にある、2017年に離脱していた絆會(旧・任侠山口組)も合わせて3派で連合となり、今後の動向が注目されていた所だった。

今回、ナンバー2の入江組長が離脱したことで、神戸山口組結成の首謀者とされる井上邦雄組長以下、4人の大御所は全員が神戸山口組から去ることとなり、神戸山口組はさらなる危機に見舞われている。


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【速報】宅見組が神戸山口組を「脱退」!“三派連合”のキーマン離脱で戦局混乱
2022.09.21

(週刊実話) https://weekly-jitsuwa.jp/archives/79264

神戸山口組から入江副組長が脱退、怒り心頭の井上組長が「3派連合」立役者に投げかけた罵声とは?
2022年09月22日

(週刊新潮) https://www.dailyshincho.jp/article/2022/09221045/?all=1

ヤクザ業界に激震 井上邦雄組長を支えてきた神戸山口組創設メンバーが離脱した「深層」と「不穏な今後」
2022.09.23

(週刊現代) https://gendai.media/articles/-/100136

神戸山口組にまたしても亀裂か…大物組長が離脱、その原因が…
2022.09.22 23:00

(Business Journal) https://biz-journal.jp/2022/09/post_318994.html

神戸山口組から主力団体・二代目宅見組が離脱した背景とは?
2022.09.24 18:10

(Business Journal) https://biz-journal.jp/2022/09/post_318994.html

離合相次ぐ神戸山口組、情勢は混迷 副組長率いる宅見組も離脱か
2022/9/24 18:10

(産経新聞) https://www.sankei.com/article/20220924-NYBPDQCROVLVTMJ5ZPE3FDUKVQ/

何のための三者同盟なのか? 神戸山口組・井上邦雄組長に大局観なし
2022/09/27 06:00

(日刊ゲンダイ) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/311920

二代目宅見組が神戸山口組を脱退!分裂首謀者たちの“不協和音”
2022.10.02

(週刊実話) https://weekly-jitsuwa.jp/archives/80613

「高山若頭はひとり勝ちで秘かに笑っている」という、3社連合の立役者、神戸山口組・入江副組長の脱退 神戸側は副組長を説得中
2022年10月03日

(週刊新潮) https://www.dailyshincho.jp/article/2022/10030600/?all=1



このニュースのまとめ

  • 2022年09月21日、神戸山口組副組長を務める二代目宅見組の入江禎組長(77)が、神戸山口組を離脱したと報じられた。
  • 入江組長は、1997年に宅見勝組長が山口組の内部抗争で銃撃されて亡くなった後、二代目宅見組組長を継承。六代目山口組体制で舎弟頭を務め、山口組のナンバー3となったが、2015年に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、入江組長は神戸山口組に参画。神戸山口組副組長に就任し、神戸山口組のナンバー2となっていた。
  • 2022年09月に神戸山口組と池田組が親戚縁組を結び、絆會は池田組と同盟関係であるため、三派で連合となった。5年前に絆會の織田絆誠会長のボディーガード役の組員が当時神戸山口組系だった組員に撃たれて亡くなった事件で、組員の5回目命日である09月12日に神戸山口組幹部らが供花と香典を持参して事件現場に足を運び、焼香していた。
  • 過去の怨讐を乗り越え、連合関係となった絆會の組員を弔うために神戸山口組の幹部らが焼香したが、神戸山口組の井上邦雄組長は今も織田会長を快く思っておらず、そのことで井上組長と入江組長との間で意見の食い違いが生じたことが、入江組長が離脱した原因だとみられている。
  • 神戸山口組では、2020年07月に最高顧問だった池田孝志(池田組)組長が離脱、2020年08月に総本部長だった正木年男(正木組)組長が引退、2022年08月に若頭だった寺岡修(侠友会)会長が離脱、そして入江禎組長も離脱したことで、4人の大御所と呼ばれた組長は全員が神戸山口組から離れた。六代目山口組を割って神戸山口組を結成した首謀者とされる組長で神戸山口組に残っているのは、井上邦雄組長ただ1人だけとなった。


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入江禎組長について

入江禎組長は、1997年に初代宅見組の宅見勝組長が内部抗争で亡くなった後、二代目宅見組組長を継承して五代目山口組の直参に昇格。六代目山口組が発足すると総本部長に起用され、六代目山口組のナンバー3となった。

その後に総本部長を退任し、六代目山口組舎弟頭に就いていたが、2015年08月に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、六代目山口組を離脱して神戸山口組に参画。神戸山口組副組長に就任し、神戸山口組のナンバー2となった。

これまでの六代目山口組と神戸山口組の分裂抗争では、二代目宅見組が標的になることはほとんど無かったが、2022年05月に入江組長の自宅に車が突っ込む事件が発生し、六代目山口組系組織の関係者が逮捕されている。



 ⇒ 入江組長の経歴 






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