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2017年11月末、神戸山口組舎弟で『健心連合会』会長の伊藤寿邦が直参を降りたという情報があった。伊藤は三代目山口組『山健組』傘下『健心会』の出身で、健心会~二代目健心会で最高幹部を務めた後に除籍されていたが、2016年12月に健心連合会を結成して会長に就任し、神戸山口組舎弟として渡世に復帰していた。

2017年04月末に神戸山口組が分裂して任侠団体山口組(後に任侠山口組へ改名)が結成されると、伊藤は神戸山口組を離脱して任侠団体山口組に参加したが、その後に一転して神戸山口組へ出戻っていた。

今回、伊藤は神戸山口組の直参を降りる意向を示して神戸山口組舎弟を返上し、神戸山口組『太田興業』特別相談役もしくは相談役に就いたとみられている。


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これらのニュースのまとめ

  • 2016年12月02日、五代目山口組『健心会』元最高幹部で『伊藤組』組長だった伊藤寿邦が『健心連合会』を結成し、神戸山口組舎弟に就任した。
  • 2017年04月末、神戸山口組若頭代行の織田絆誠や若頭補佐の池田幸治らが神戸山口組を離脱し、任侠団体山口組(後に任侠山口組へ改名)を結成。伊藤も神戸山口組を離脱して任侠山口組に参加した。
  • 2017年05月08日、神戸山口組の定例会に離脱したはずの伊藤が出席した。伊藤は任侠団体山口組に参加したが、神戸山口組が離脱した組員に10日間の猶予を設けたことで、心変わりして神戸山口組に出戻ったとみられた。
  • 2017年11月末、伊藤が神戸山口組舎弟を返上して直参から降り、神戸山口組舎弟頭補佐の太田守正が率いる『太田興業』に収まり、太田興業特別相談役もしくは相談役に就いたとみられている。



伊藤寿邦について

伊藤寿邦

伊藤寿邦(いとうとしくに、1944年生)は神戸山口組舎弟、健心連合会会長。

◆経歴
初代健心会会長代行。大阪戦争で長期服役を果たす。二代目健心会会長である江口健治の兄貴分。初代健心会伊藤組組長。2016年12月2日、神戸山口組舎弟に就任。

最終更新:2016-12-08 12:59:11 
出典 http://wikikobe.wiki.fc2.com/wiki/伊藤寿邦
最終更新:2016-12-07 12:05:46

伊藤は三代目山口組『山健組』傘下『健心会』に加入して渡世に励み、自身では『伊藤組』を率いていた。健心会は1975年~1978年に起きた山口組と松田組との『大阪戦争』に参戦し、松田組傘下組員を銃撃。事件はめくれて健心会会長の杉秀夫まで連座し、伊藤は杉とともに長期服役した。

1989年に五代目山口組が発足すると健心会は五代目山口組の直系組織に昇格。伊藤は健心会若頭や会長代行を務めた。2005年に六代目山口組が発足すると杉秀夫は引退、江口健治が二代目健心会会長を継承する。伊藤は二代目健心会特別相談役に就くが、2009年頃に除籍され引退。

伊藤は現役時代、神戸山口組組長となる井上邦雄やいくつかの六代目山口組直参と兄弟分であった。二代目健心会会長の江口は伊藤の舎弟から健心会の直参となったとされる。江口は二代目健心会を継承して六代目山口組直参に昇格し、六代目山口組幹部を経て若頭補佐に起用されている。

2016年12月02日、伊藤は『健心連合会』を結成して会長に就任。古巣の六代目山口組『二代目健心会』ではなく神戸山口組に加入し、神戸山口組舎弟に就いて渡世に復帰した。

2017年04月末に神戸山口組が分裂して任侠団体山口組(後に任侠山口組へ改名)が結成されると伊藤と健心連合会は神戸山口組を離脱して任侠山口組に参加したが、すぐに神戸山口組へ出戻った。

2017年11月末、伊藤は神戸山口組舎弟を返上し、神戸山口組『太田興業』の特別相談役もしくは相談役に就いた。健心連合会は太田興業傘下の神戸山口組三次団体となった。



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