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2018年05月26日、関西護国団若頭や副団長を務め、覚せい剤の売買で名を馳せ、書籍『実録シャブ屋』で有名な木佐貫真照元組長が、TBSの『NEWSな2人』という番組に出演した。木佐貫元組長はヤクザを引退し薬物と決別してからは、薬物依存者を更生支援する団体『日本達磨塾』を立ち上げ、大阪の西成という薬物と最も距離が近い場所に拠点を置いて活動しており、番組で達磨塾の活動内容などを語った。


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NEWS・加藤シゲアキ『大阪の西成・あいりん地区ですが、町の大きな問題として、薬物汚染があるんですよ』

NEWS・小山慶一郎『あーそうなんだ』

加藤『なので今回、西成区唯一の薬物更生団体を作って、薬物中毒撲滅のために奮闘されている人がいるということなので(会いに行きましょう)』


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―― 薬物の売買が盛んな西成の町で、薬物更生団体を設立した人物とは、一体どんな人間なのか。


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小山『いやいやいやいや、絶対あの人じゃん』

加藤『でもさ、カタギじゃないでしょ』

小山・加藤『怖いなあ......』


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―― ただならぬオーラを放つ男性に、インテリジャニーズが切り込む。


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―― こちらが薬物依存者更生支援団体『日本達磨塾』代表、木佐貫真照さん、71歳。実は彼には、見た目以上に恐ろしい過去が。


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木佐貫『もともとはヤクザです。』


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加藤・小山『あっ............』


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小山『おざぁっすっっ!』

加藤『強烈な三文字でしたね、いま』


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加藤『じゃあ、もともとは売ってる側?』

木佐貫『売ってる側です』

加藤『売人だった?』

木佐貫『西成に全部ばら撒いていたんですよ』

小山『ばら撒いていた......』


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―― 今まで売った総額は、なんと。

木佐貫『金額にしたらもう、40億ぐらい』

加藤『えーーー!!』

小山『40億......』


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小山『木佐貫さん...... 一言いっていいですか? 怖えっす』


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―― (これまでに)取引した薬物は200kg。末端価格40億円。元暴力団の組長。


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―― 木佐貫さんは前科12犯、懲役は計30年、人生の半分を刑務所の中で過ごしたという。


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加藤『もともと木佐貫さんも(薬物を)やられてたってことですか?』

木佐貫『やってましたやってました。試しで自分の体へ入れて、良いか品物を判断せなあかん場面があるでしょ』

小山『そういうもんなんですか?』

木佐貫『そういうもんなんですよ。悪い品物売ってもしゃーないから』


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―― 21歳から薬物の売買に手を染めた、リアルアウトレイジ。


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―― だが、一体なぜ売る側から180度違う、やめさせる為の更生団体を作ったのか。衝撃の理由が語られる。


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加藤『どういうきっかけで(更生支援団体を作ったんですか)?』

木佐貫『私が、人を殺したからです』


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加藤・小山『えっ............』


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木佐貫『薬物で、交通事故で死なせたんですよ。それで私は刑務所に入ったんですけど』

加藤『自分が薬物をしている状態で?』

木佐貫『薬物をやって、その状態で、車をぶつけて、死なせたんですよ』


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―― きっかけは2007年、木佐貫さん60歳の時、薬物乱用中に車で商店街に激突。通行人にケガ人はいなかったものの、そのとき助手席に乗っていた女性を死なせてしまう。自身は5年の懲役だったが、激しく後悔。今までの仕事から足を洗うことを決意。


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加藤『それで、もうやめようと?』

木佐貫『やめようと。だから私が出来ることは、これ(薬物更生支援)しか無い思て、生きてるんですけどね』


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―― 当時68歳で、遅すぎる反省と分かっていたが、贖罪の為に2015年、薬物依存者更生支援団体を立ち上げた。


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小山『逆に言うと皆さん(薬物をやっていたことを)知ってるじゃないですか? あれ木佐貫さんどうしちゃったのと』

加藤『ふざけんなよ、とかはないですか?』

木佐貫『ヤクザの人も言うてくるんですよ、あんた売っとった側がなんで止める側になってん言うんやっちゅうから、あんたの組員にな、売るなとか打つなとか言わんやろ。好きにしたらええ、あんたらはな。俺んとこはやめたい人だけが来る団体やから。だから、俺にケンカ売るなって言うたら終わりや』


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―― 打ちたい奴、売りたい奴は好きなようにすればいい。薬物を辞めたい人だけ受け入れる更生団体。しかし、2つの大きな問題が。


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木佐貫『私のとこに来たら品物があると思って来る人もおるわけです』

加藤『あーそうは言っても』

木佐貫『お前持っとんもん出せ言うたら、注射器なんか出すんですよ。ほで私がハサミで切ってね、捨てたこともあるし。5日したらまた同じことやって、いま捕まってますよ』


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木佐貫『うちは寮をまだ作ってないんですよ』

小山『あっ、達磨塾の寮がない。具体的には、達磨塾はどんな活動をされているんですか?』


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木佐貫『うちに訪ねて来たら、部屋を借りてやって、それでまぁお金もないから、生活保護を役所にお願いして出してもらって、お金が出ますよね、支給されますよね、それは自分たちで管理しなさい、自己管理せえと』


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―― 設立して3年。支援はボランティアで行っているため、出来ることは主に、依存者のために賃貸アパートを借りるため、保証人になったり


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―― 生活保護受給の手続き。


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―― 食事の世話など。今後はダルクのように、依存者が協力して克服できる寮作りが目標だという。だが


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加藤『実際それで上手くいってるんですかね?』

木佐貫『まぁ、もう10人のうち8人は逃げられますよ』

加藤『それパッと(薬物を)やめられるもんなんですか?』


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木佐貫『私は社会に出て来て、3年やめられたら、この団体を立ち上げよう思たんですよ。だから刑務所でてきて6年ですからね。3年やめて、よっしゃもうこれやったらいける、ということで立ち上げたんです』


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―― 一体なぜこの地(西成)で活動しているのか。その言葉に耳を疑った。


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木佐貫『ここが一番多いからですよ。日本でも一番ここが多い』

加藤『売ってるんですか?』

木佐貫『売ってますよ、今でも売ってますよ、そこらへん行ったら。一万円以上あったらもう(買える)』

小山『一万円あったら買えちゃうんですか?』

木佐貫『買えますよ、ここでは』

加藤・小山『えーー』


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―― 一万円で買える。そんなに簡単に手に入っていいのか。今回、普段行っている、木佐貫さんのパトロールに同行。


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木佐貫『うちのもんがおらんか見て回るだけの話やから』

―― パトロールの目的は、達磨塾の人間が薬物売買に関与していないか、というもの。


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―― 売買はどんな手口で行われているのか。

木佐貫『立っとる人にね、お金出したら、向こうが(薬物)をくれると。けど本人は持ってません。旅館に隠してるか、自動販売機の下に隠しとる。そっから持ってきて、金だけ先に取らんとね』

小山『前金制なんですか?』

木佐貫『前金制です。こう、やりとりしとると捕まったり多いから、(同時にやりとりして両方が)捕まったらあかんから』


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―― と、その時!

木佐貫『もう、(売人が)おるから、別のとこ行きましょ。自転車に乗っとるのも売人やから、別のとこ行きましょ』


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木佐貫『知ってるやつやから、顔見たらもう、えらい、カメラ撮っとるとこあれやから、行きましょ』

小山『ほんとにいた...... あんな自然な感じで。あでも確かにあそこに立って止まってたらおかしいか』

木佐貫『ずぅっとおったらおかしいでしょ』


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加藤『えっ、これってクレイジージャーニーじゃないよね?』

小山『うん』


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―― 売人との接触が危ぶまれる状態、いったい取り締まりはどうなっているのか。

加藤『捕まらないんですか?』

木佐貫『捕まっても次の人が立つから』

加藤・小山『あー』

木佐貫『もう、代わりがおるんやから』

小山『捕まえても捕まえてもキリがないんだ』

木佐貫『その覚悟でやってるからね』


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木佐貫『こっちの裏が一番売れとった』

小山『こっちはなんか――』

売人『映すなよ、こっち映すなよ、こっち映すなよ!』


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木佐貫『映すなー言うて、もう行こ。あれも売人や』

加藤・小山『あれもそうなんだ』

加藤『え、もう2人会ったの?』

小山『まじかよ......』


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―――― 終わり ――――



木佐貫真照の経歴

木佐貫真照は1946年08月生まれ、鹿児島県鹿児島市の出身。15歳で少年院に送られ少年刑務所にも服役した後、18歳で鹿児島の独立組織『小桜一家』の組員として渡世を開始。

22歳で大阪に出て来て兵庫県尼崎市の独立組織『関西護国団』に加入し、舎弟となる。大阪の上本町に『木政興業』を設立して組長に就任。1975年に関西護国団若頭に抜擢され、1985年まで務める。1983年には大阪の十三で『亜城総業』を設立。

関西護国団は独立組織だったが、大阪の『波谷組』の傘下組織となる(波谷組は三代目山口組『菅谷組』の傘下だったが、組長の菅谷政雄が絶縁されて1981年に菅谷組が解散し、独立組織となっていた)。波谷組組長の波谷守之が1994年に自殺し、波谷組は解散。関西護国団は五代目山口組『三代目山健組』傘下『太田興業』に加入する。

木佐貫は関西護国団副団長に就任していたが、太田興業組長の太田守正の舎弟に昇格する。大阪市浪速区の大国町に『木佐貫総業』を設立。

1993年、自身がこれまで行ってきた薬物の売買と、薬物の体験を獄中で執筆し、書籍『シャブ屋』を刊行。2000年に改訂版の『実録シャブ屋』、2001年に『実録シャブ屋 2』、2003年に『実録シャブ屋 3』、2007年にはさらに改訂された『実録シャブ屋(改訂版)』を発売した。木佐貫はこれらの本の出版が原因で、組織から破門された。

2003年には栃木県佐野市に移住し、政治結社『大日本貫勇塾』を設立。右翼活動を行うも、数年で解散して大阪に戻る。

木佐貫は人生の大半を懲役で過ごしており、これまでに逮捕歴21回、前科12犯、服役年数は合計30年にも上る。主なものだけでも、覚せい剤を実兄あてに郵送した覚せい剤取締法違反で懲役3年。銃刀法違反、覚せい剤取締法違反などで懲役4年6箇月。無免許運転で懲役2年6箇月。薬物をやりながら車を運転して建物にぶつかり、同乗していた女性を死なせた道路交通法違反、業務上過失致死、覚せい剤取締法違反で懲役5年、2012年に出所した。

最後の服役を終えてからは薬物と決別し、薬物依存症者を更生支援する団体『日本達磨塾』の設立を目指した。木佐貫は4年ほど前からブログを書いており、達磨塾を設立すべく奮闘する様子や、これまでの薬物の体験談、自身の昔の子分が今でも薬物に依存してしまっていることなどの話とともに、薬物に頼らないごく普通の生活に幸せを感じている様子が窺える。

2015年、大阪市西成区に『日本達磨塾』を設立。薬物依存から脱却したい人を受け入れ、更生支援に励み、薬物に関する講演活動なども行っている。


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