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2021年11月15日、兵庫県尼崎市にある神戸山口組『三代目古川組』の組事務所が、暴力団追放兵庫県民センターによって使用禁止を求める仮処分を神戸地裁に申請された。組事務所の付近で三代目古川組組長が銃撃される事件が発生していて、近隣住民から不安の声が上がっていた。


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尼崎市の暴力団事務所の使用禁止求める仮処分申し立て
2021年11月15日 19時05分

(NHK) https://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/20211115/2020016027.html

尼崎の暴力団事務所、使用差し止めの仮処分申し立て 暴力団追放県民センター
2021/11/15 22:12

(神戸新聞) https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202111/0014844990.shtml



このニュースのまとめ

  • 2021年11月15日、暴力団追放兵庫県民センターは住民の委託に基づく代理訴訟制度を利用して、兵庫県尼崎市稲葉元町にある神戸山口組『三代目古川組』の組事務所の使用差し止めを求める仮処分を、神戸地裁に申し立てた。
  • 2020年11月に三代目古川組の仲村石松組長ら2人が、三代目古川組の組事務所の近くで六代目山口組系幹部らに銃撃される事件が発生していて、近隣住民らが不安を感じ、事務所の使用禁止を求めていた。
  • 2020年01月に六代目山口組と神戸山口組が特定抗争指定暴力団に指定され、警戒区域に尼崎市が設定されているため、組事務所としての使用はすでに禁じられている。



古川組の主な経歴

六代目山口組の傘下であった二代目古川組は、2015年08月に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成された後、古川恵一二代目が2015年12月に六代目山口組を離脱して神戸山口組へ移籍した。

2017年04月に神戸山口組が分裂して任侠山口組が結成されると、二代目古川組は内部分裂し山崎博司若頭ら多数の組員が任侠山口組へ移籍した。兵庫県尼崎市にある二代目古川組の本部も移籍した山崎若頭らに乗っ取られた。

任侠山口組へ移籍した山崎若頭らは二代目古川組を名乗り、古川組は神戸山口組『二代目古川組』と、任侠山口組『二代目古川組』に分裂したまま並立することとなった。

2017年07月に神戸山口組の二代目古川組は代替わりし、三代目琉真会会長の仲村石松舎弟頭が三代目古川組組長を継承して神戸山口組の直参に昇格。古川二代目は三代目古川組総裁に就いた。

神戸山口組の三代目古川組は、本部事務所が任侠山口組に移籍した山崎博司らに乗っ取られているため、仲村三代目の出身組織である琉真会の組事務所を本部として使用することとなった。

2018年07月頃、琉真会の初代会長が三代目古川組を離脱し、六代目山口組『三代目司興業』へ移籍。三代目古川組は琉真会の組事務所が使えなくなったため、仲村三代目の自宅を本部事務所として使用することとなった。

任侠山口組は2018年09月に本部である四代目真鍋組の組事務所が使用禁止になると、乗っ取った二代目古川組の組事務所で会合を行うようになった。

2019年11月、神戸山口組の古川二代目は六代目山口組『二代目竹中組』元組員に銃撃され、亡くなった。

2020年01月に六代目山口組と神戸山口組が特定抗争指定暴力団に指定され、警戒区域に尼崎市が設定されたため、尼崎市にある両山口組の組事務所のほとんどが使用禁止となった。

絆會(任侠山口組から改称)『二代目古川組』に乗っ取られていた二代目古川組の組事務所は、暴追センターが仮処分を申請し、2019年12月に地裁が決定したため、使用禁止となった。

2020年08月、絆會『二代目古川組』の山崎博司は引退し、組員らは六代目山口組『三代目弘道会』傘下『野内組』に移籍。これにより古川組が並立していた状況は解消された。

2021年03月、六代目山口組に移籍していた琉真会の、使用禁止となっていた組事務所は、尼崎市によって買収された。

2021年09月、絆會『元・二代目古川組』に乗っ取られていた、使用禁止となっていた二代目古川組の組事務所は、解体した後に売却される予定となった。



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