神戸山口組を研究する会

『神戸山口組を研究する会(仮)』は神戸山口組と任俠団体山口組を中心に、山口組分裂騒動や暴力団組織について研究する会のサイトです。

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カテゴリ: 組長の経歴

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元山口組系幹部で作家の沖田臥竜とはいったい何者なのか、ネットや週刊誌などの情報を基に経歴をまとめてみる。山口組分裂以降、ヤクザに関する多数の記事をウェブサイトや週刊誌、夕刊紙などに寄稿しており、書籍も発売している。元極道の作家として売り出し中のようだ。

沖田は六代目山口組『二代目大平組』で最高幹部を務めた後、2014年頃に引退し、現在は作家として活動している。著書に『生野が生んだスーパースター文政』、『2年目の再分裂「任俠団体山口組」の野望』などがあり、今月には『尼崎の一番星たち』が上梓された。 続きを読む

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2017年11月15日、六代目山口組慶弔委員の二代目岸本組『清水武』組長が亡くなった。72歳だった。

清水武組長は四~六代目山口組で最高幹部だった岸本才三組長が率いる岸本組の二代目を継承して直参昇格。2015年08月末に六代目山口組が分裂すると神戸山口組へ移籍するとみられていたが、六代目山口組に残留。周囲が神戸山口組系で占められる中、神戸市内にある唯一の六代目山口組直系組織の親分として孤軍奮闘していた。 続きを読む
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2017年09月12日、住吉会『西口茂男』総裁が亡くなった。88歳だった。住吉会は国内で2番目の勢力がある指定暴力団で、西口総裁は1991年頃から亡くなるまで住吉会のトップの地位にあった。続きを読む
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2017年09月23日、神戸市にある独立組織『二代目松浦組』元組長で政治結社『大日本新政會』総裁の笠岡和雄ら3人が、恐喝未遂の疑いで逮捕された。逮捕容疑は女優の仁科亜季子さんに「元夫の故・松方弘樹さんへの貸付金が返済されていない」とする文章を数回送り、仁科さんの自宅に押しかけてドアを叩き、約4600万円を脅し取ろうとしたというもの。続きを読む
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2016年10月23日、六代目山口組顧問で章友会会長の石田章六が亡くなったという情報があった。83歳だった。石田章六は柳川組の出身で柳川組四天王と呼ばれ、1969年に三代目山口組組長・田岡一雄と盃を交わして直参となり、47年の長きにわたって山口組の直系組長を務めた最古参の長老親分。最近は引退説や体調不良説が噂されていて、その進退が注目されていた。

石田会長は10月23日に病気のため亡くなり、10月25日に兵庫県神戸市北区にある葬儀場で通夜が営まれ、六代目山口組組長・司忍や直系組長らが参列した。10月26日には告別式が開催された。続きを読む
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神戸山口組若頭代行の『織田絆誠』とは、一体いかなる人物なのであろうか。

2015年08月末に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、織田は神戸山口組の最高幹部まで昇格。全国を飛び回り各地で会合を開催、神戸山口組の司令塔として傘下組織を指導する立場となる。

雑誌で徐々に紹介され知名度が広がり、ネット上で話題となり、テレビで織田が映し出されるようになると存在感を全国に轟かし、織田は神戸山口組のイメージを支え、一気にヤクザ社会の最重要人物となった。


 ⇒ 織田絆誠の経歴 前半 
神戸山口組若頭代行『織田絆誠』の経歴 ① 山口組分裂まで
http://yakuza893.blog.jp/oda.html
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神戸山口組若頭代行の『織田絆誠』とは、一体いかなる人物なのであろうか。

ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみることにするが、直参に取り立てられたばかりで情報源が少ないため参考程度にしてもらいたい。ネットで調べてみると織田に纏わる様々な逸話があるようで、山健組の秘密兵器とも言われているようだ。

今やもう説明不要となった神戸山口組の織田若頭代行。神戸山口組発足時に山健組からの内部昇格で直参となったが、いきなり若頭補佐からスタートし3週間後には若頭代行に昇格するという異例の待遇だ。

当会サイトでもこの記事の反響は大きく、公開してから常に人気記事の上位をキープし続けている。当会サイトがこの記事を最初に公開した2015年10月初旬の時点では、まだ織田に関する記事は少なく、週刊誌での詳しい紹介も無く、多くは巨大掲示板からの情報であった。

記事の公開から約8箇月が経過し、織田に関する既存メディアの情報が世に多くなり、織田に対する社会的需要も高まってきたため、記事の加筆・修正をする。
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太田守正

2015年12月、元六代目山口組若中の太田興業『太田守正』組長が神戸山口組『四代目山健組』相談役で復帰した。

元六代目山口組若中の太田興業『太田守正』組長が神戸山口組『四代目山健組』相談役で復帰か
http://yakuza893.blog.jp/ootahukki.html

2016年01月、『太田守正』は神戸山口組舎弟に昇格した。

神戸山口組『四代目山健組』相談役で『太田興業』組長の太田守正が神戸山口組の直参に昇格

http://yakuza893.blog.jp/ootahukki1.html

この『太田守正』とはいったい何者なのであろうか、ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみることにする。分裂直前の2015年07月には『血別 山口組百年の孤独』という書籍を出版し話題になっていたようだ。続きを読む
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2015年10月15日頃、六代目山口組から絶縁されていた元六代目山口組若中の二代目英組組長・藤田恭道が神戸山口組若中で復帰したという情報があった。

山口組分裂以降は両組織ともに絶縁・破門者の復帰を働きかけているという。この復帰した藤田恭道と藤田が率いる英組について、ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみることにする。続きを読む
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出典 https://www.youtube.com/watch?v=j4p1ML4gJXg

前回、元健竜会最高顧問の三島敬一が復帰するという記事を載せた。

 ⇒ 前回の記事 
元健竜会最高顧問の三島組『三島敬一』組長が神戸山口組『四代目山健組』舎弟で復帰か
http://yakuza893.blog.jp/mishimahukki.html

この三島敬一とはいったい何者なのであろうか、ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみる。しかし正確性に欠けるかもしれないので、あくまでも参考程度にしてもらいたい。 続きを読む
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