神戸山口組を研究する会

『神戸山口組を研究する会(仮)』は神戸山口組と任俠団体山口組を中心に、山口組分裂騒動や暴力団組織について研究する会のサイトです。

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タグ:引退

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2018年12月に書籍『悲憤』を発売した、五代目山口組若頭補佐だった中野会の中野太郎元会長とはいったい何者なのか。書籍やネットなどの情報を基に、経歴をまとめてみる。

2021年01月10日、中野元会長は病気のため亡くなった。84歳だった。続きを読む
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2020年10月、神戸山口組舎弟を務めていた四代目澄田会会長の竹森竜治が、引退したと報じられた。竹森会長は2004年に四代目澄田会会長を継承し、2007年に六代目山口組の直参となったが、2012年に除籍されて引退。神戸山口組発足後の2015年10月に渡世に復帰し、神戸山口組舎弟を務めていた。続きを読む
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2020年08月末、神戸山口組若頭補佐を務める邦楽會会長の福原辰広が、引退を表明したと報じられた。

福原会長は兵庫県姫路市の裏社会に絶大な影響力を持っており、播州の顔役だとされる。四代目山健組で最高幹部を歴任し、神戸山口組の直参に昇格。神戸山口組で若中~幹部を経て、神戸山口組若頭補佐に就任したばかりだった。続きを読む
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2020年09月01日、三代目山口組若頭補佐や一和会理事長を務めた加茂田重政元組長が亡くなったと、関係者が明かした。90歳だった。

加茂田元組長は1956年に三代目山口組の田岡一雄組長と盃を交わし、若頭補佐や組長代行補佐を務めたが、四代目山口組組長の座をめぐって1984年に山口組を離脱し、離脱組で一和会を結成。一和会理事長に就いていたが、四代目山口組との抗争に敗れ、1988年に渡世から引退していた。

引退してからも加茂田元組長の活躍は語り継がれ、2016年には書籍『烈侠 -山口組 史上最大の抗争と激動の半生』を発刊し話題を呼んだ。続きを読む
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2020年08月、神戸山口組舎弟を務める正木組組長の正木年男が、引退したと報じられた。 

正木組長は六代目山口組の分裂を主導し、神戸山口組を設立させた立役者の1人とされる。2015年08月に六代目山口組を離脱して神戸山口組結成に参画。神戸山口組総本部長を務め、神戸山口組の最高幹部として組織運営を行ってきたが、2019年02月に総本部長を辞任し、神戸山口組舎弟に直っていた。

正木組長はマスコミ戦略や情報戦略に長け、神戸山口組の知恵袋と称されており、神戸山口組をインテリジェンスで支える最高幹部だった。続きを読む
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2020年08月、神戸山口組若頭補佐を務める二代目黒誠会会長の剣政和が、引退したと報じられた。 

剣会長は2015年08月に六代目山口組を離脱して神戸山口組結成に参加。神戸山口組若頭補佐を務め、懲罰委員も兼任し、神戸山口組の次期エースとみられていた。続きを読む
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2020年06月26日までに、知人男性を脅して金を要求したとして、六代目山口組直参だった『天野組』元組長が恐喝未遂の疑いで逮捕された。天野元組長は過去に男性に金を貸していて、その返済を迫ったということのようだが、男性はすでに借金を返済していたという。

2020年07月15日付で、天野元組長は不起訴処分となった。続きを読む
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2020年05月、神戸山口組幹部を務めていた雄成会の高橋久雄会長が、自身の引退と雄成会の解散を京都府警に届け出た。高橋会長は神戸山口組発足時のメンバーの1人で、発足時のメンバーが引退するのは初めてのこと。続きを読む
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神戸山口組舎弟頭補佐の太田興業『太田守正』組長とはいったい何者なのであろうか、ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみることにする。六代目山口組が分裂する直前の2015年07月には書籍『血別 山口組百年の孤独』を出版し、話題になっていた。

2019年12月、太田組長は引退し、太田興業は解散したと報じられる。続きを読む
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2019年12月13日、神戸山口組舎弟頭補佐の太田興業『太田守正』組長が引退し、太田興業が解散するという情報が流れた。

太田組長は1964年頃に三代目山口組『山健組』傘下『健竜会』に加入し、二~三代目の山健組で要職を歴任。2005年に五代目山口組の直参に昇格するも、2008年に六代目山口組から除籍されて引退し、太田興業は解散。

2015年08月に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、2015年12月頃に太田組長は渡世に復帰し、太田興業を再結成。神戸山口組に加入し、太田組長は舎弟頭補佐に就任していた。

神戸山口組の長老として存在感を放っていたが、納会の日に合わせて引退を表明し、太田興業は解散したとされる。続きを読む
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