神戸山口組を研究する会

『神戸山口組を研究する会(仮)』は山口組分裂騒動を中心に、暴力団組織、反社会勢力、半グレ、裏社会、それらに関連する事件や出来事などについて研究する会のサイトです。

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タグ:経歴

金澤成樹 指名手配

絆會(旧・任侠山口組)の金澤成樹若頭は、絆會の織田絆誠会長に30年以上も仕えて来た、織田会長の腹心で、絆會のナンバー2を務めている。

2020年09月、長野県宮田村で六代目山口組系組織へ移籍した自身の元部下を銃撃する事件を起こし、そのまま逃亡。指名手配されているが、現在も行方は分かっていない。 ※2024年02月に逮捕された

金澤若頭は、2022年01月に茨城県水戸市の組事務所で六代目山口組系幹部が銃撃されて亡くなった事件と、2023年04月に兵庫県神戸市のラーメン店で六代目山口組系組長が銃撃されて亡くなった事件の犯人ではないかとも言われている。

もし、金澤若頭が指名手配を受けて逃亡中にこれらの事件を起こしていたとしたら、伝説のヒットマンとして後世に語り継がれるほど吃驚仰天の所業である。

 ⇒ 長野県宮田村の銃撃事件で指名手配中の金澤若頭を逮捕 

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小林治

2023年12月28日に、六代目山口組若中だった二代目難波安組の小林治組長が亡くなったという。小林組長は1985年に四代目山口組の直参に昇格し、大阪府堺市を拠点とした二代目難波安組を束ね、最盛期には約500人を擁する武闘派組織を作り上げたが、2009年に引退していた。

二代目難波安組に密着したドキュメンタリー番組が1989年に放送されていて、後にYouTubeにアップされたことから大きな話題となり、ヤクザ関係の番組としては名作中の名作として語り継がれている。この番組の影響で二代目難波安組はネットミーム化しており、暴力団に詳しくない人でも難波安組のことは知っているというほど知名度がある組織だった。続きを読む
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アビス3

アビスグループは大阪の10代の男女を中心に結成され、ぼったくりバーの経営をしながら、対立組織と抗争を繰り返し、短期間のうちに大阪で最大級の半グレ集団に上り詰めた。準暴力団に認定され、警察の壊滅作戦で解散したが、解散後に元幹部らが六代目山口組系組織に加入したり、神戸山口組ナンバー2の自宅を襲撃するなどの事件を起こしている。続きを読む
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余嶋学 3

六代目山口組『三代目弘道会』若中を務める湊興業の余嶋学組長は、名古屋を拠点とする三代目弘道会の中で唯一神戸に組事務所を置き、三代目弘道会の直参組長でありながらラーメン屋を兼業するという異色のヤクザ。

2023年04月22日、ラーメン屋で仕込みをしていた余嶋組長は、何者かに拳銃で撃たれ亡くなった。57歳だった。

 ⇒ 事件の詳細 



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櫻井總家ロゴ

静岡県の的屋系組織である十代目櫻井總家は、神奈川県横浜市の飴徳一家(飴徳連合会)をルーツに持ち、関東の極東会とも同門で、一時期はその2組織らと合流して勢力を誇った。暴排条例などの影響で祭りの屋台から排除され、勢力が衰退し、2023年05月に解散した。続きを読む
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須ノ内祥吾 1s

2023年05月01日、神戸山口組舎弟を務める二代目東生会の須ノ内祥吾会長が、渡世から引退した。

須ノ内会長は六代目山口組の直参だったが、2015年に神戸山口組が結成されると、六代目山口組から除籍処分を受け、神戸山口組へ移籍。一貫して神戸山口組舎弟を務めていた。続きを読む
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aoki

青木会長は、六代目山口組『三代目誠友会』で若頭補佐や若頭代行を務めた後に除籍され、2016年に神戸山口組へ加入して復帰。神戸山口組幹部、若頭補佐、副本部長と昇格し、2022年09月には本部長に抜擢されて神戸山口組の最高幹部となっていた。

2023年03月に神戸山口組から脱退し、六代目山口組『三代目弘道会』傘下『野内組』へ移籍した。続きを読む
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池田孝志

神戸山口組舎弟頭を務めた池田組の池田孝志組長は、1992年に五代目山口組の直系組長となり、六代目山口組体制で最高幹部を歴任。2015年に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、離脱して神戸山口組に結成メンバーとして参画した。

池田組長は経済手腕に長け、金融や不動産などを手広く展開し、抜群の資金力を誇るとされ、神戸山口組を資金力で支える4人の大御所の1人となった。続きを読む
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池田孝志

神戸山口組舎弟頭を務めた池田組の池田孝志組長は、六代目山口組を離脱して神戸山口組の最高幹部となったが、2020年に神戸山口組を離脱し、池田組は独立組織となった。

池田組は、神戸山口組時代も独立組織となってからも、六代目山口組から抗争の標的で、2022年10月には池田組長が散髪中に襲撃される事件が起こっている。池田組を狙った抗争が止まらないことから、12月に岡山県など4県の公安委員会が、六代目山口組と池田組を特定抗争指定暴力団に指定している。続きを読む
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teraoka6

神戸山口組若頭を務めていた侠友会の寺岡修会長とは、一体いかなる人物なのか。ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめた。

寺岡会長は1992年に五代目山口組の直参に昇格し、六代目山口組体制で若頭補佐、舎弟を歴任。2015年に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、六代目山口組を離脱して神戸山口組に参画。神戸山口組若頭に就任し、神戸山口組の井上邦雄組長に次ぐ、4人の大御所の1人となった。

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