神戸山口組を研究する会

『神戸山口組を研究する会(仮)』は神戸山口組と任俠団体山口組を中心に、山口組分裂騒動や暴力団組織について研究する会のサイトです。

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タグ:織田絆誠

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2017年11月02日までに、任侠山口組直参の『二代目織田興業』組長ら計2人が窃盗の疑いで逮捕された。逮捕容疑は大阪府泉佐野市の資材置き場から車を盗んだというもので、この車が2013年03月から行方不明になっている京都市の会社経営者の松本貞雄さんの監禁に使われたとみられている。

2017年11月10日までに、この事件の関係先として大阪市にある『二代目織田興業』の組事務所と、神戸市にある任侠山口組『織田絆誠』代表の自宅に家宅捜索が入った。 続きを読む
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2017年09月16日、任侠山口組『織田絆誠』代表の車列が襲撃され、織田代表のボディーガードの楠本勇浩組員が銃撃され亡くなった事件で、襲撃犯の1人とみられる神戸山口組『四代目山健組』傘下『二代目一勢会』組員の黒木こと菱川龍己が指名手配された。

神戸市北区山田東下の路上にあった小さなカバンから、事件に使われたとみられる回転式拳銃が2丁と菱川龍己の身分証が見つかり、事件の現場から約200m離れた場所で菱川龍己が逃走する際に使用したとみられるバイクも押収されていた。

2017年09月19日、神戸山口組は指名手配されている菱川龍己について、事件の数か月前から菱川と音信不通になっていたと説明していることが分かった。09月20日、この事件の関係先として神戸山口組の本部『侠友会』事務所や、四代目山健組の本部事務所などに家宅捜索が入った。

2017年09月21日、指名手配されている菱川龍己は六代目山口組『四代目山健組』傘下『二代目一勢会』に所属し、会長の養子になっていたとみられる。山健組の関連施設に住み込みで修行し、神戸山口組の井上邦雄組長の食事係や警護役を務めていたとされる。

2017年09月22日、この事件の関係先として岡山市にある神戸山口組『四代目山健組』傘下『二代目一勢会』事務所に家宅捜索が入った。

2017年10月16日、神戸市北区で発見された拳銃2丁のうち1丁が、事件に使用された拳銃だと断定された。11月14日、指名手配されている黒木こと菱川龍己が、銃刀法違反(発射、加重所持)の容疑でも指名手配された。

 ⇒ 前回までの記事 
任侠山口組『織田絆誠』代表が事件現場で亡くなった組員を追悼、ボディーガード銃撃事件
任侠山口組『織田絆誠』代表ボディーガード銃撃事件、要点まとめ
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任侠山口組

2017年09月28日、任侠山口組の定例会が兵庫県尼崎市にある『古川組』の本部事務所で行われ、幹部や組員たちが集まった。任侠山口組は織田絆誠代表が襲撃されてから初の定例会となった。

2017年10月30日、任侠山口組の定例会が兵庫県尼崎市にある『古川組』の本部事務所で開催された。続きを読む
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2017年09月12日10時頃、兵庫県神戸市長田区の路上で任侠山口組『織田絆誠』代表が乗っているとみられる車列が襲撃され、ボディーガード役の楠本勇浩組員が拳銃で頭を撃たれて死亡する事件が発生した。犯人は現場から逃走、警察が抗争による殺人事件として捜査している。

2017年09月15日、事件があった現場に任侠山口組の織田絆誠代表らが訪れ、亡くなった楠本組員を追悼した。09月16日には事件に使われたとみられる回転式拳銃2丁が、神戸市北区山田東下のバス停付近の歩道脇にあった小さなカバンから発見された。

 ⇒ 最新記事 
任侠山口組『織田絆誠』代表ボディーガード銃撃事件、神戸山口組『山健組』系組員を指名手配
 ⇒ 関連記事 
任侠山口組『織田絆誠』代表ボディーガード銃撃事件、要点まとめ続きを読む
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2017年09月12日10時頃に兵庫県神戸市長田区で任侠山口組の織田絆誠代表が襲撃され、ボディーガード役の組員が射殺された事件の流れと、今でている情報をおおまかに整理した。

 ⇒ 最新記事 
任侠山口組『織田絆誠』代表ボディーガード銃撃事件、神戸山口組『山健組』系組員を指名手配
 ⇒ 前回の記事 
任侠山口組『織田絆誠』代表が事件現場で亡くなった組員を追悼、ボディーガード銃撃事件続きを読む
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任侠団体山口組

2017年05月28日、任侠団体山口組の定例会が兵庫県尼崎市にある古川組の本部で開催された。04月末に任侠団体山口組が結成されてから初となる定例会で、約50人の傘下組長や幹部が出席したとみられている。

2017年06月28日、任侠団体山口組の定例会が兵庫県尼崎市にある四代目真鍋組の本部で開催された。続きを読む
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神戸山口組を離脱して『任侠団体山口組』を結成した織田絆誠元神戸山口組若頭代行

2017年04月29日、神戸山口組が分裂するという衝撃的な情報があった。同日に四代目山健組の関連施設で神戸山口組の緊急集会が行われたが、神戸山口組若頭代行で四代目山健組副組長の織田絆誠ら数人の直参が欠席し、神戸山口組を脱退したという。織田絆誠は四代目山健組傘下の自身の派閥を含む約30団体を引き連れて離脱するとみられており、早ければ明日にも新組織を発足させる予定だという。

2015年08月末に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されてから約1年8箇月、13人だった直参は25人にまで増え、直参の離脱や引退はこれまで一度も無く、直系組長の数が減ることはなかった。六代目山口組の分裂~神戸山口組の結成で一番注目され、和解交渉を行ってきた織田絆誠を筆頭に直参数名が一気に離脱するということで、神戸山口組は結成して以来最大の危機を迎えている。

2017年04月30日、織田絆誠ら神戸山口組から離脱した団体の幹部が兵庫県尼崎市にある二代目古川組の本部に集まり、新組織『任俠団体山口組』を結成したとのことで、神戸山口組から離脱した新組織側が会合のあとの記者会見で新組織名を発表したとみられる。六代目山口組から分裂した神戸山口組がさらに分裂して任侠団体山口組が設立されるという、劇的な展開となった。

 ⇒ 関連記事 
任侠山口組の記者会見 1回目 全文続きを読む
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神戸山口組若頭代行の『織田絆誠』とは、一体いかなる人物なのであろうか。

2015年08月末に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、織田は神戸山口組の最高幹部まで昇格。全国を飛び回り各地で会合を開催、神戸山口組の司令塔として傘下組織を指導する立場となる。

雑誌で徐々に紹介され知名度が広がり、ネット上で話題となり、テレビで織田が映し出されるようになると存在感を全国に轟かし、織田は神戸山口組のイメージを支え、一気にヤクザ社会の最重要人物となった。


 ⇒ 織田絆誠の経歴 前半 
神戸山口組若頭代行『織田絆誠』の経歴 ① 山口組分裂まで
http://yakuza893.blog.jp/oda.html
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神戸山口組若頭代行の『織田絆誠』とは、一体いかなる人物なのであろうか。

ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめてみることにするが、直参に取り立てられたばかりで情報源が少ないため参考程度にしてもらいたい。ネットで調べてみると織田に纏わる様々な逸話があるようで、山健組の秘密兵器とも言われているようだ。

今やもう説明不要となった神戸山口組の織田若頭代行。神戸山口組発足時に山健組からの内部昇格で直参となったが、いきなり若頭補佐からスタートし3週間後には若頭代行に昇格するという異例の待遇だ。

当会サイトでもこの記事の反響は大きく、公開してから常に人気記事の上位をキープし続けている。当会サイトがこの記事を最初に公開した2015年10月初旬の時点では、まだ織田に関する記事は少なく、週刊誌での詳しい紹介も無く、多くは巨大掲示板からの情報であった。

記事の公開から約8箇月が経過し、織田に関する既存メディアの情報が世に多くなり、織田に対する社会的需要も高まってきたため、記事の加筆・修正をする。
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