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2016年09月29日、六代目山口組幹部で『二代目竹中組』組長の安東美樹と組員の計5人が銃刀法違反(加重所持)の疑いで逮捕されたという情報があった。今年07月に別件で二代目竹中組系組員の関係先を家宅捜査したところ、天井裏から拳銃5丁・散弾銃1丁・実弾約80発・日本刀が発見されたとのことで、竹中組は神戸山口組との抗争に備え、この民家を武器庫にしていたとみられている。

安東組長は1988年に一和会会長宅襲撃事件を起こして警察官を銃撃し、刑務所に20年以上服役した。2010年末に出所し、直参昇格→本家幹部→二代目竹中組襲名→本家若頭補佐内定と次々に出世しているさなかの逮捕となった。

2016年10月03日、この事件の関係先として神戸市灘区にある六代目山口組の総本部に家宅捜索が入った。2016年12月26日、逮捕されていた二代目竹中組系組員の判決公判が開かれ、裁判長は懲役6年の判決を言い渡した。安東美樹を含む他の4人は不起訴となっていたようだ。


六代目&神戸山口組、「武器庫」と車購入で組長逮捕
2016/09/29 20:24



(MBS 毎日放送) http://www.mbs.jp/news/kansai/20160929/00000070.shtml

山口組「武器庫」から散弾銃など押収、直参「竹中組」組長ら3人逮捕 兵庫県警
2016.9.29 12:49

(産経ニュース) http://www.sankei.com/west/news/160929/wst1609290043-n1.html

山一抗争時の“ヒットマン”逮捕 銃6丁所持容疑
2016/9/29 13:30

(神戸新聞NEXT) http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201609/0009535875.shtml

民家の天井裏が「武器庫」に 容疑の山口組系組長ら逮捕
2016年9月29日15時45分

(朝日新聞DIGITAL) http://www.asahi.com/articles/ASJ9W3H4SJ9WPIHB00Q.html

民家に銃など保管、容疑で山口組系組長ら逮捕
2016年09月29日

(YOMIURI ONLINE) http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20160929-OYO1T50017.html

暴力団幹部ら銃刀法違反の疑い
2016年09月29日 12時15分

(NHK NEWS WEB) http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2023061131.html














姫路の民家に「武器庫」 新たに組員ら容疑で逮捕
2016/9/30 00:36

(神戸新聞NEXT) http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201609/0009538469.shtml

山口組 「武器庫」発見 容疑で新たに2人逮捕 兵庫県警
2016年9月30日

(毎日新聞) http://mainichi.jp/articles/20160930/ddn/041/040/014000c

竹中組“伝説の組長”逮捕で6代目山口組に四分五裂の危機
2016年10月1日

(日刊ゲンダイDIGITAL) http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/190866





2016年10月03日、この事件の関係先として神戸市灘区にある六代目山口組の総本部に家宅捜索が入った。

山口組総本部を家宅捜索、「武器庫」事件に絡み 兵庫県警
2016.10.3 11:37

(産経ニュース) http://www.sankei.com/west/news/161003/wst1610030036-n1.html


(追記)

2016年12月26日、逮捕されていた二代目竹中組系組員の判決公判が開かれ、裁判長は懲役6年の判決を言い渡した。

姫路・銃器所持事件 被告に懲役6年判決
2016/12/26 18:37

(神戸新聞NEXT) http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201612/0009783664.shtml

銃所持で山口組系元組員に懲役6年 裁判長「一触即発の状態。抗争になれば生命に重大な危険」
2016.12.27

(zakzak by 夕刊フジ) http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20161227/dms1612271700022-n1.htm



このニュースのまとめ

  • 2016年09月29日、六代目山口組幹部で『二代目竹中組』組長の安東美樹(61)、『二代目竹中組』幹部で『朝見総業』組長の朝見芳樹(57)、『二代目竹中組』幹部で『菊政会』会長の菊池政治(59)、『二代目竹中組』組員の下村彰佳(40)、元『二代目竹中組』系組員の西村知己(37)、の計5人が銃刀法違反(加重所持)の疑いで逮捕された。
  • 逮捕容疑は2016年07月に兵庫県姫路市にある竹中組系組員の親戚の関係先の民家の天井裏に、拳銃5丁と散弾銃1丁と実弾約80発と日本刀を保管していた疑い。別件でこの民家を家宅捜索した際に発見した。
  • 2016年09月29日、この事件の関係先として兵庫県姫路市にある『二代目竹中組』の本部事務所を兵庫県警が家宅捜索した。
  • 2016年10月03日、この事件の関係先として神戸市灘区にある六代目山口組の総本部を兵庫県警が家宅捜索した。
  • 2016年12月26日、神戸地裁で西村知己の判決公判が開かれ、裁判長は懲役6年(求刑懲役10年)の判決を下した。



竹中組について

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二代目竹中組の本部事務所と見られる建物 【出典】https://www.google.co.jp/maps/place/〒670-0955+兵庫県姫路市安田4丁目

竹中組(山口組)

二代目竹中組(たけなかぐみ)は兵庫県姫路市安田4-49に本部を置く暴力団で、六代目山口組の二次団体。

<竹|中>
 
◆竹中組系譜
初 代 - 竹中正久
二代目 - 安東美樹

◆二代目竹中組組織図
組 長 - 安東美樹(六代目山口組若頭補佐 中国四国ブロック阪神中国地区長)
 
◆執行部
相談役 - 山田 一
若 頭 - 善岡 仁(善岡興業組長)
舎弟頭 - 朝見芳樹(朝見総業組長)
本部長 - 渡邊 智(二代目青木組組長)
風紀委員長 - 阿部 博
 
◆最高顧問
金川隆次(金川組組長)
 
◆顧問
伊達京介(伊達興業組長)

◆舎弟
清田邦夫(清田総業組長)
 
◆幹部
瀬畑慎吾

最終更新:2016-09-28 00:18:29

二代目竹中組は六代目山口組の二次団体、兵庫県姫路市に本部を置いている。組長の安東美樹は六代目山口組若頭補佐。

竹中組は後に四代目山口組組長となる竹中正久が1960年頃に兵庫県姫路市で結成した組織。1961年に竹中は三代目山口組組長・田岡一雄の盃を受け、竹中組は山口組の二次団体になった。1971年に竹中は三代目山口組若頭補佐に就任し執行部入り。1981年に田岡組長が死去し、跡目とされていた三代目山口組若頭・山本健一も1982年に死去すると、竹中は三代目山口組若頭に就任。 

跡目に三代目山口組組長代行・山本広で決まりそうになると反対派が反発、山本広(山広組組長)を推す山広派と竹中正久(竹中組組長)を推す竹中派に分かれ、四代目組長の座を巡り山口組内部で対立状態になる。

竹中派は田岡文子未亡人から「おとうちゃんは竹中って言ってた」という言質を取り、1984年06月に竹中正久は四代目山口組組長を襲名。実弟の竹中武が直参昇格。竹中に反対していた山広派は山口組を離脱し『一和会』を結成し、山口組と一和会との抗争『山一抗争』が勃発した。 

1985年01月、四代目山口組組長となった竹中正久が一和会に暗殺され抗争は激化するが、稲川会の仲裁もあって仲裁の方向に傾く。1989年02月、竹中武が四代目山口組若頭補佐に起用される。1989年03月、山口組と一和会は山本広の引退と一和会解散で手打ち。死者25名という壮絶な抗争は終結し、一和会傘下の組員の多くは山口組に戻っている。

1989年05月、五代目山口組組長に渡辺芳則(二代目山健組組長)が担がれ、山口組は五代目体制へ移行。しかし竹中武率いる竹中組は親分を殺された怒りが収まらず、抗争終結後も山本広へ独自に報復を続ける。竹中武は五代目山口組組長となる渡辺との盃を欠席し、竹中組は山口組を離脱。すると今度は山口組と竹中組の抗争『山竹抗争』が勃発。山口組の猛攻撃で竹中組は次々と組員が抜けて行き、竹中組はほとんど機能しなくなるが解散はせず一本独鈷で存在していた。抜けていった竹中組の残党は山口組に分散して戻っていった。 

2005年に六代目山口組が発足すると竹中組の復帰話が持ちあがる。侠友会会長・寺岡修が奔走人となり竹中組の山口組復帰話をまとめていたとされている。話の内容は竹中武が引退し、姫路戦争で懲役20年を務めた元竹中組幹部の高山一夫という人物が三代目竹中組を継ぎ、山口組に復帰するというもの。

後は竹中武と六代目山口組若頭・高山清司で話をして終わりというところまで来たが、竹中武は引退を拒否し竹中組の総裁か顧問で残りたいと主張、高山清司との間で折り合いが付かず、復帰話は流れてしまったという。その後、2008年03月に竹中武は死去した。

2015年09月、六代目山口組は竹中組の名跡を復活させ、2015年09月10日頃に元竹中組組員で『二代目柴田会』会長の安東美樹が二代目竹中組組長を襲名した。六代目山口組が竹中組を復活させたことに対し、竹中家の関係者たちは懸念を示しているとも言われている。

安東は三代目山口組『信原組』傘下『作州連合』の出身、1983年に信原組が解散すると作州連合は竹中組へ移籍。安東は作州連合若頭を務め、自身も『安東会』を率いていた。1988年05月、安東と安東会の構成員4人で一和会会長・山本広の自宅を自動小銃と爆弾で襲撃。山本会長の自宅を警備していた警官3人に向けて発砲し重症を負わした上、自宅に擲弾を投げつけるなどした。

事件後に安東は竹中組本家に捜査が及ぶことを危惧して組織を脱退し、四代目山口組若頭補佐であった桂木正夫の『一心会』に移籍。安東は山広宅襲撃事件で逮捕され、20年以上もの歳月を刑務所で過ごした。2010年末に刑務所を出所し、三代目一心会副会長、若頭代行を歴任。

2014年04月に安東と同じく信原組→竹中組というルーツを持つ六代目山口組若中で柴田会会長・柴田健吾の引退に伴い、安東は柴田会に移籍して二代目柴田会会長を継承、六代目山口組の直参となった。2015年06月に六代目山口組幹部に昇格し、山口組分裂後の2015年09月に二代目竹中組組長を襲名、山口組内に竹中組の名跡を復活させた。2016年09月に六代目山口組若頭補佐に昇格し、執行部入りした(逮捕されたため若頭補佐は見送られたもよう)


参考 http://takabeya.com/?page_id=122



 ⇒ 関連記事 
六代目山口組『二代目竹中組』を継承した『安東美樹』組長の経歴
http://yakuza893.blog.jp/andomiki.html



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