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神戸山口組若頭を務めていた侠友会の寺岡修会長とは、一体いかなる人物なのか。ネットや雑誌の情報を基に経歴をまとめた。

寺岡会長は1992年に五代目山口組の直参に昇格し、六代目山口組体制で若頭補佐、舎弟を歴任。2015年に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、六代目山口組を離脱して神戸山口組に参画。神戸山口組若頭に就任し、神戸山口組の井上邦雄組長に次ぐ、4人の大御所の1人となった。

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細田組で渡世入り、淡路島抗争

寺岡修会長は1949年03月生まれ、20歳頃に三代目山口組『二代目細田組』傘下組織に加入し、渡世開始。二代目細田組若頭補佐を務め、自身で侠友会を結成して会長に就任。

細田組は、初代の細田利光組長が1949年頃に三代目山口組に加入し、三代目山口組舎弟を務めたが、1965年に亡くなる。実子の細田利明組長が二代目細田組組長を継承し、25歳の若さで三代目山口組の直参に昇格。三代目山口組若頭補佐を務め、若手の有力組長であったが、1983年07月に引退し、二代目細田組は解散した。

1982年10月、淡路島を舞台として、寺岡会長が率いる侠友会と、山口組の元上部団体であった五代目大嶋組との間で『淡路島抗争』が勃発。侠友会の組員が病院で五代目大嶋組系組員を銃撃するなど、武闘派ぶりを見せ付けた。

この抗争で武勲を挙げた寺岡会長は、若手武闘派として一躍注目されるようになり、淡路島での地位を確立し、洲本市で揺るぎない地盤を構築したとみられている。大嶋組は淡路島抗争の後、1990年に解散している。



西脇組へ移籍、直参昇格

1983年07月に二代目細田組の細田利明組長が引退し、二代目細田組が解散すると、寺岡会長は三代目山口組本部長補佐を務めていた西脇和美組長が率いる西脇組に移籍。西脇組舎弟に就任した。

西脇組は、初代の西脇和美組長が三代目山口組若中だった北山悟組長が率いる北山組で舎弟頭を務めた後、1973年12月に三代目山口組の直参に昇格。兄の西脇輝美組長も三代目山口組の古参組長で、1975年に亡くなると、西脇(輝)組の組員らは西脇組へ移籍。

西脇組長は三代目山口組本部長補佐、五代目山口組舎弟頭補佐、六代目山口組顧問を歴任し、2008年11月に引退。西脇組の宮下和美若頭が二代目西脇組組長を継承し、六代目山口組の直参に昇格。宮下組長は、2015年の六代目山口組の分裂で神戸山口組に参加し、現在は神戸山口組舎弟頭補佐を務めている。

1992年02月、寺岡会長は西脇組からの内部昇格で五代目山口組の直参に昇格し、五代目山口組若中に就任。1996年09月に五代目山口組総本部当番長に起用され、その後に五代目山口組組長秘書に就任した。



六代目山口組体制で執行部入り

2005年08月、六代目山口組が発足すると、寺岡会長は六代目山口組若頭補佐に抜擢され、本家執行部入りを果たした。中国・四国ブロック長を兼任した後、2006年05月からは大阪北ブロック長を務めた。

2007年03月、寺岡会長は広島県尾道市に本部を置く三代目侠道会の池澤望総裁と、五分義兄弟盃を交わした。六代目山口組と侠道会は友好団体となり、西日本の平和共存に一役買った。

三代目山口組の時代に直系組長らで設立した、山口組の不動産管理会社である、株式会社山輝の代表取締役も務めた。

2010年06月、兵庫県知事の許可を得ずに山口組総本部の土地の一部を新規の直参に売却したり、引退した直参から買い戻したりしたとして、宅地建物取引業法違反の疑いで指名手配され、その後出頭し逮捕された。

2012年11月、六代目山口組若頭補佐を退任し、六代目山口組舎弟に直った。以前から体調を崩して定例会を欠席することがあり、執行部の重責を担うのは困難と自分で判断したとされる。


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三代目侠道会の池澤望総裁と五分義兄弟盃を交わした寺岡修侠友会会長



他団体との外交に長け、将来を嘱望

寺岡会長は、理論整然と筋を通すタイプのヤクザで、外交手腕に長け、西日本にある他団体に顔が利き、他団体の親分衆からの評判が高く、人望もあり、山口組の将来を担う1人と評された。

六代目山口組の事始めや納会、盃事の儀式などで司会進行役を務めることが多く、優れた統率力で実務能力が高いとされている。

四代目山口組の竹中正久組長が亡くなった後、山一抗争の対応をめぐって山口組から離脱したままになっていた竹中組について、寺岡会長が奔走して竹中組の山口組への復帰を取りまとめていた。しかし、竹中組の竹中武組長と話の折り合いがつかず、復帰話は流れてしまったとされる。

侠友会の本部事務所は、淡路島の洲本市に構えていたが、退去を余儀なくされ、侠友会の傘下となっていた諏訪一家の西宮市にある組事務所に本部機能を移した後、淡路島の淡路市に移転した。


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六代目山口組の納会で司会進行を務める寺岡修侠友会会長





神戸山口組に参画、若頭に就任

2015年08月、六代目山口組から複数の直系組織が離脱し、離脱した勢力が神戸山口組を結成すると、寺岡会長は六代目山口組を離脱し、神戸山口組に結成メンバーとして参画。六代目山口組からは絶縁処分された。

寺岡会長は神戸山口組若頭に就任し、神戸山口組の井上邦雄組長に次ぐ、神戸山口組の4人の大御所の1人となった。

神戸山口組の本部として、淡路市にある侠友会の本部事務所が使われることとなり、神戸山口組の拠点は淡路島となった。定例会や納会や新年会などが侠友会の本部事務所で行われた。

2016年12月、アメリカ財務省は神戸山口組と傘下の四代目山健組の2組織と、寺岡会長を含む神戸山口組の組長ら3人に対し、アメリカ国内の資産凍結などの経済制裁の対象に指定したと発表した。これにより寺岡会長らはアメリカにある資産が凍結され、アメリカでの金融取引が困難となった。



神戸山口組若頭に就任した寺岡修侠友会会長



相次ぐ逮捕、罰金刑も

2015年10月、車を購入した際、別人の名義や住所で登録した電磁的公正証書原本不実記録などの疑いで逮捕された。神戸山口組の結成以降、神戸山口組の最高幹部が逮捕されたのはこれが初の事だった。その後、略式起訴で罰金50万円の命令が言い渡された。

2017年10月、政治団体代表が所有する神戸市中央区にあるビルを譲り受けた際、虚偽の登記を申請した電磁的公正証書原本不実記録などの疑いで寺岡会長と政治団体代表が逮捕された。その後、寺岡会長ら2人は不起訴となった。

2018年02月、自宅近くで無車検・無保険の車を運転したとして、道路運送車両法違反の疑いで寺岡会長ら3人が逮捕された。その後、寺岡会長ら2人は不起訴となり、1人が略式起訴され罰金30万円が言い渡された。


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逮捕された寺岡修侠友会会長



侠友会本部をめぐる裁判

2017年10月、住民の委託を受けた暴力団追放兵庫県民センターが、神戸山口組の本部として使用されている侠友会の本部事務所の、使用を禁止する仮処分を神戸地裁に申し立てた。仮処分が認められると、組事務所での定例会などの会合、組員の立ち入り、連絡員の駐在、紋章や表札の掲示、などが禁止される。

この申し立てを受け、侠友会は本部事務所を自主的に閉鎖することとなり、神戸山口組の本部は政治団体代表から譲り受けた神戸市中央区にあるビルを使うこととなった。

侠友会は本部を組事務所として使わないとするが、組員ら2人が住んでおり、個人の住居としては使用を継続するとした。組員1人は侠友会本部に住民票を移していたという。

2017年10月、神戸地裁は神戸山口組の本部として使用されている侠友会の本部事務所について、組事務所としての使用を禁止する仮処分を決定した。指定暴力団の本部事務所の使用差し止めは全国で初のことだという。

2018年04月、暴追センターは『今も一部組員が出入りしている』のは仮処分違反だとして、神戸地裁に間接強制を申し立てた。間接強制が認められると、組事務所を使用すると1日に100万円の制裁金が科せられることとなる。

侠友会側は『組事務所ではなく住居として使用している、居住までは禁じられていない』と主張し、争うこととなった。

2018年07月、神戸地裁は使用差し止めを命じた仮処分決定に従っていないとして、使用すると1日あたり100万円の制裁金を支払わせる間接強制を認める決定を下した。侠友会側は判決を不服として、執行抗告を大阪高裁に申し立てた。

2018年09月、大阪高裁は間接強制を認めた神戸地裁の判決を支持し、侠友会側が申し立てた執行抗告を棄却した。組事務所を使用すると1日100万円の制裁金が課せられる一方、以前から住民票があった組員1人の居住については認められることとなった。

これにて侠友会の本部をめぐる裁判は一段落したが、2019年08月、侠友会側は本部の土地と建物を売却する意向を示し、2021年12月に兵庫県淡路市が買い取ることが決定。侠友会の本部は市に買い取られることとなった。


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使用禁止となり淡路市に買い取られた侠友会の本部事務所


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分裂抗争に突入、抗争のターゲットに

六代目山口組の分裂以降、六代目山口組と神戸山口組との間で分裂対立抗争が勃発し、現在までに多数の車両特攻、発砲、襲撃事件などが繰り返されている。

2016年04月、神戸山口組の本部となっていた侠友会の本部事務所に、車が突っ込む事件が発生した。犯人は器物損壊の疑いで逮捕されたが、後に不起訴となっている。

2016年06月、大阪市生野区にある六代目山口組『大原組』の本部事務所に止めてあった車が破壊される事件が発生。侠友会の組員が器物損壊の疑いで逮捕された。

2016年09月、侠友会の舎弟頭が兵庫県尼崎市の居酒屋で刺される事件が発生した。この事件は抗争ではなく、居酒屋の経営者と代金をめぐってトラブルになり、舎弟頭らが経営者の顔などに暴行を加えたところ、経営者が店にあった包丁で反撃したという。

2021年03月、兵庫県西宮市にある侠友会傘下の諏訪一家の元組事務所が銃撃される事件が発生。この建物は諏訪一家が使用していたが、すでに撤退して今は無関係の運送会社が使用していた。六代目山口組『二代目兼一会』幹部らが銃刀法違反などの疑いで逮捕された。

2021年12月、徳島県徳島市にある寺岡会長の関係先の民家が銃撃される事件が発生。無職の男が出頭し、銃刀法違反などの疑いで逮捕された。

2022年03月、徳島県徳島市にある寺岡会長の関係先付近の民家にトラックが突っ込む事件が発生。六代目山口組『秋良連合会』系組員が出頭し、建造物損壊の疑いで逮捕された。

2022年06月、徳島県徳島市にある寺岡会長が関係する飲食店のドアなどが金属バットで破壊される事件が発生。六代目山口組『四代目倉本組』系組員らが建造物損壊の疑いで逮捕された。


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銃撃された侠友会傘下諏訪一家の元組事務所



抗争終結へ向け奔走するも頓挫

分裂当初、神戸山口組は勢いがあり、直系組長の数を増やしていったが、六代目山口組からの相次ぐ攻撃にほとんど反撃できなくなり、神戸山口組の複数の直系組長や傘下組織が引退や離脱をし、六代目山口組へ出戻るものも多く居た。

2017年04月に神戸山口組若頭代行を務めていた織田絆誠らが離脱して絆會(旧・任侠山口組)を結成した他、4人の大御所と呼ばれた組長らも、総本部長だった正木年男組長は引退、最高顧問だった池田孝志組長は離脱して独立するなど、神戸山口組の骨格が揺らいでいた。

神戸山口組では減った直参を穴埋めすべく、直参の増員が図られていて、侠友会からは2018年04月に籔内秀宝若頭が、2021年06月には近藤大恵舎弟頭がそれぞれ内部昇格で神戸山口組の直参に昇格している。

しかし、神戸山口組全体の総員が減っていることに変わりはなく、2020年07月には神戸山口組傘下で最大勢力だった五代目山健組までもが離脱し、独立組織を経て六代目山口組へ帰参。

神戸山口組は抗争で劣勢に立たされ、組員は激減し、残る道は解散しかないとみられるようになった。

寺岡会長は分裂抗争を円満に終わらせるべく、2021年頃から他団体との交渉に動き、福岡県久留米市に本部を置く四代目道仁会の小林哲治会長、広島県尾道市に本部を置く三代目侠道会の池澤望総裁、岡山県笠岡市に本部を置く五代目浅野組の中岡豊総裁ら各地のトップらと会談を重ねていたという。

寺岡会長は小林会長を仲裁役として、抗争終結に向けて話し合い、神戸山口組の解散への道筋をつけるために動いていたとされるが、神戸山口組の井上邦雄組長は『たとえ自分1人になったとしても組を解散しない、最後まで戦う』と話しているとされ、小林会長の仲裁は白紙になったとみられている。

2022年07月頃から寺岡会長の引退説が流れ、引退する決意を固めたと報じられた。08月に寺岡会長は引退ではなく、神戸山口組からの離脱を表明したとされる。



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