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2020年08月、神戸山口組若頭補佐を務める二代目黒誠会会長の剣政和が、引退したと報じられた。 

剣会長は2015年08月に六代目山口組を離脱して神戸山口組結成に参加。神戸山口組若頭補佐を務め、懲罰委員も兼任し、神戸山口組の次期エースとみられていた。


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神戸山口組が内紛で落日  コロナで幹部もしのぎで苦戦し、六代目山口組へ移籍も
2020.8.7 19:16 週刊朝日

(AERA dot.) https://dot.asahi.com/wa/2020080700085.html?page=1

内部崩壊危機の神戸山口組 お盆明けにも大きな動きか
2020年08月09日 10時00分

(東スポWeb) https://www.tokyo-sports.co.jp/social/2054298/

神戸山口組でまたしても大御所が引退…山健組にも「分裂」の危機感高まる
2020.08.25 18:00

(Business Journal) https://biz-journal.jp/2020/08/post_175545.html





このニュースのまとめ

  • 2020年08月、神戸山口組若頭補佐で『二代目黒誠会』会長の剣政和(56)が、引退したと報じられた。
  • 剣会長は2015年08月に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成される際、結成メンバーとして神戸山口組に参加。結成当初から一貫して神戸山口組若頭補佐を務めていた。



剣政和会長と黒誠会の経歴

剣会長は1964年03月生まれ、五代目山口組『初代黒誠会』に加入し、黒誠会若頭を務めた。

黒誠会は初代会長の前田和男が立ち上げた組織で、前田会長は三代目山口組『黒澤組』の出身。黒澤組の黒澤明組長は三代目山口組『柳川組』→『地道組』→『佐々木組』を経て三代目山口組の直参となり、1984年06月に四代目山口組が発足すると引退。

黒澤組で副組長を務めていた前田会長は黒澤組の地盤を継承して『黒誠会』を結成し、四代目山口組の直参となった。黒誠会は大阪府大阪市に本部を置いた。1989年05月に五代目山口組が発足すると、五代目山口組若頭補佐に起用され執行部入りしたが、1993年09月に急逝。黒誠会若頭であった剣会長が二代目黒誠会会長を継承し、五代目山口組の直参となった。

剣会長は前田会長が『将来の大器』と見込んで手塩にかけて帝王学を学ばせたとされ、前田会長から跡目指名を受けており、29歳の若さで本家直参となった。2001年に五代目山口組総本部当番長に起用される。

2005年08月に六代目山口組が発足すると、剣会長は六代目山口組慶弔委員に任命され、2007年11月に六代目山口組幹部に昇格し、六代目山口組総本部長補佐を兼任。2012年04月に六代目山口組慶弔委員長、2013年04月には六代目山口組総本部事務局次長に任命されるなど、本家の幹部職を歴任した。

2015年08月に六代目山口組が分裂して神戸山口組が結成されると、剣会長は六代目山口組を離脱して神戸山口組に参加。六代目山口組からは破門された。神戸山口組若頭補佐に就任し、その後に懲罰委員も兼任していた。

2020年08月、剣会長は渡世から引退したと報じられる。



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