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前回、六代目山口組組長・司忍の出身母体である名古屋の弘道会が山口組分裂後初めての定例会を行い、その定例会に稲川会理事長・内堀和也が現れたという記事を載せた。

 ⇒ 前回の記事 
山口組分裂後に初めて行われた弘道会の定例会に稲川会理事長・内堀和也が顔を出す
http://yakuza893.blog.jp/uchiborikodokai.html

この稲川会の内堀和也とはいったい何者なのか、ネットの情報を基に経歴をまとめてみた。


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内堀和也の経歴

内堀和也(うちぼり かずや)、本名は内堀和雄(うちぼり かずお)、1952年生まれ、神奈川県川崎市の出身。5人兄弟の末っ子で、その出生から間もなく母が死去したことから、父親によって育てられた。大学在学中の20歳頃に稲川会山川一家の組員であった清田次郎と出会い、組事務所の手伝いを開始。30代前半頃に盃を受け正式にヤクザとなった。

内堀についてネット上に慶応義塾大学卒もしくは早稲田大学卒で銀行員をしていた、と書き込まれているが真相は分からない。山川一家では幹事長や若頭を務め、山川一家内に内堀組を結成し組長に就く。2001年に稲川会の直参に昇格。稲川会会長付、本部長補佐、理事長補佐を歴任。

2008年、三代目山川一家総長を継承。二代目山川一家総長の清田次郎は2010年に稲川会五代目会長となった。2009年08月、内堀は財産の差し押さえを免れるため土地の所有権を家族に移したとして、強制執行妨害などの疑いで逮捕された。

2010年、稲川会理事長に就任した。2012年10月、クレジットカード会社からだまし取った金の一部を受け取っていたとして、組織犯罪処罰法違反の疑いで逮捕された。

2013年01月23日、米財務省は、内堀を国外の著しい犯罪組織とその支持者であるとして、国際緊急経済権限法・大統領令13581号に基づき、米国司法権の及ぶ範囲の資産凍結、米国民との取引禁止させる制裁対象とした。



三代目弘道会会長・竹内照明と兄弟分

2006年、稲川会二代目山川一家の若頭であった内堀は、六代目山口組二代目弘道会の若頭であった竹内照明と五分の兄弟盃を交わした。

後見人となったのは六代目山口組若頭の髙山清司と稲川会理事長の清田次郎(二代目山川一家総長、後の稲川会五代目会長)で、取持人となったのは双愛会本部長・塩島正則(後の六代目双愛会会長)、媒酌人となったのは稲川会慶弔委員長五代目木暮一家総長・水野四郎であった。

五分義兄弟盃 山川一家若頭 弘道会若頭




稲川英希による内堀和也殴打事件

ネットで内堀を調べていると初代稲川会会長・稲川聖城の実孫であり、稲川会本部長、三代目稲川一家総長の稲川英希が、内堀を殴ったという事件があるようだ。

事件はある慶弔事での出来事だった。会場には稲川会最高幹部らが談笑をしていた。

その場所に稲川英希本部長がボディーガードを引き連れ来場、気付いた内堀和也理事長補佐が、「おぅ、若」と呼んだところ、稲川英希が間入れずして内堀に拳で殴打した。稲川英希は「俺は若じゃねぇ、本部長だ」と怒鳴った。内堀の親分である清田次郎も、角田吉男、杉浦昌宏、金澤伸幸らは見て見ぬふりをしていた。

殴られて憤慨していた内堀は清田親分に泣きついても何もしてくれないと悟ったのか、内堀が泣きついた驚く先とは、六代目山口組若頭、高山清司二代目弘道会会長だった。経緯を聞いた高山若頭は早速、弘道会若頭、竹内照明二代目高山組組長に動くよう指示した。当日には弘道会のヒットマンらが熱海に潜伏した。この行動力には内堀和也は驚愕した。

しかし、危険を察知した稲川英希の側近らによって、熱海本家周辺に厳重な警備体制を敷いた。各交差点に組員を配置して怪しい人物は片っ端から声をかけていた。そして数日が経った頃、もう一歩でヒットマンを捉えられる所で逃してしまう。弘道会もヒットマンが弘道会の構成員と判明することを危惧したのか、この日から事態は急速に沈静化していくことになった。

そして、この行動に感謝をしていた内堀は高山若頭を雲の上の人だと思うようになり、高山清司の申し出によって、自分より8歳も若い竹内照明との五分の兄弟盃を受けいれたのである。

出典 http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/4649/1306051551/649

という逸話があるようだが、インターネットでのよくある信憑性の薄い伝聞というぐらいにしておいた方が良いだろう。弘道会の竹内と兄弟盃を交わす経緯は、もしかしたらこんな感じだったのかもしれない。



今後は

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稲川会最高幹部の内堀が弘道会の定例会に現れたことで、六代目山口組としては稲川会がこれまでと変わらず友好団体であることをアピールすることが出来た。

山口組が分裂しようとも、山口組と稲川会の友好関係は揺るぎは無いようだ。

稲川会のナンバー2である内堀は今のところ、稲川会を継承するのに最も近い位置にいる。今後の内堀や稲川会の動向が気になるところである。


参考 https://ja.wikipedia.org/wiki/内堀和也
参考 https://ja.wikipedia.org/wiki/山川一家
参考 http://wikiyakuza.wiki.fc2.com/wiki/内堀和也
参考 http://keizi-nissi.seesaa.net/article/379296975.html
参考 http://www.47news.jp/CN/200908/CN2009081001000337.html
参考 http://blog.goo.ne.jp/alcoholismgoo/e/ffc50b505700b85a9e5831bbe211eaeb






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