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2016年06月03日、最高裁で懲役20年が確定している元六代目山口組『四代目山健組』若頭で『健國会』会長だった山本國春が、"天皇の執刀医"に書いてもらった病気の診断書で、刑の執行が停止されていたことが分かった。

山本國春は2007年05月に発生した多三郎一家総長刺殺事件の首謀者として、2015年06月に最高裁で懲役20年が確定していたが、1年たった今も収監されていないようだ。


「天皇執刀医と山口組大幹部」浅からぬ付き合い!診断受け付け届け・・・神戸牛1頭セットや米30キロ
2016/6/ 3 16:08

(J-CAST) http://www.j-cast.com/tv/2016/06/03268711.html






このニュースのまとめ

  • 2016年06月03日、元六代目山口組『四代目山健組』若頭だった『健國会』元会長の山本國春(66)が、"天皇の執刀医"で有名な外科医で順天堂大学教授の天野篤(60)が書いた診断書で、刑の執行が停止されて刑務所へ収監されていないということが分かった。
  • 山本國春は2007年05月に発生した『四代目山健組』舎弟頭補佐で『五代目多三郎一家』総長だった後藤一男が神戸市内の路上で刺殺された事件の首謀者として逮捕され、2015年06月に最高裁で懲役20年が確定していた。
  • 2016年04月06日午前10時、東京都文京区にある順天堂大学医学部附属順天堂医院の裏口付近から山本國春が出入りし、天野篤の診察を受けていたとみられている。
  • 山本國春の診断書には「感染症のリスクが高いので他人が使ったタオルを触るのは危険、生水を口にしてはいけない、人混みも避けるべき、トイレで踏ん張っただけで死ぬリスクがある」などと書かれており、かなり重病人である。
  • 山本國春は天野篤にブランド米300kgや神戸牛一頭セットなど高価な贈り物をしていた。天野篤はそれらの贈答品を受け取り、医局員と分けたりしていた。


山本國春と健國会について

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健國会の本部事務所とみられる建物 【出典】https://www.google.co.jp/maps/place/〒654-0028+兵庫県神戸市須磨区常盤町3丁目3-9/

健國会

健國会(けんこくかい)は兵庫県神戸市須磨区常盤町3-3-9に本部を置く暴力団で、神戸山口組の三次団体。上部団体は四代目山健組。

◆健國会組織図
総 裁 - 山本一廣(四代目山健組舎弟頭補佐)
代 表 - 袖岡勝二(四代目山健組若中)

◆執行部
若 頭 - 西野雅之(國將会会長)
本部長 - 杉本 仁
若頭補佐 - 竹谷繁輝(竹谷組組長)
若頭補佐 - 宮原清孝
若頭補佐 - 天野 進(三代目國竜会会長)
若頭補佐 - 吉川正雄(國誠連合会会長)
若頭補佐 - 佐々木 悟
若頭補佐 - 宮本保之
若頭補佐 - 小谷英弘
事務局長 - 山本 博
規範責任者 - 石田尚行(石田総業会長)

◆最高顧問
勢 昇

◆若中相談役
陶山悦治(國守会会長)
 
◆舎弟
平林芳典(平林会会長)
徳永美智男
田中和帆(雄道会会長)
高岡祐幸
牧野利紀
立花勝二(國心会会長)
 
◆幹部
長田直樹(二代目東侠連合会長)
山神智也
鈴木頼一(鈴木睦会会長)
鶴見敬次
川口東作(二代目賢仁組組長)

最終更新:2016-05-16 15:14:44

健國会は神戸山口組の三次団体で四代目山健組の傘下組織、兵庫県神戸市須磨区に本部を置いている。総裁の山本一廣は四代目山健組舎弟頭補佐で、代表の袖岡勝二は四代目山健組若中。

健國会は会長だった山本國春(井上国春)が立ち上げた組織。山本國春は後に五代目山口組組長となる渡辺芳則が初代会長を務めていた健竜会に加入。1982年に渡辺が二代目山健組組長を継承すると二代目山健組の直参となった。

1989年に渡辺が五代目山口組組長を襲名すると山健組は三代目に移行。山本國春は三代目山健組渉外委員に起用され、健國会の前身となる『兼國会』の会長に就いた。2005年に四代目山健組が発足すると四代目山健組渉外委員長に就任、兼國会を『健國会』に改称した。四代目山健組若頭の妹尾英幸が引退すると後任の若頭に山本國春が就任、四代目山健組のナンバー2となった。

2010年04月、山本國春は2007年05月に四代目山健組の傘下で名古屋に拠点を置く『五代目多三郎一家』総長の後藤一男が神戸市内で刺殺された事件の首謀者とされ、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の罪で逮捕された。

2012年02月に一審の大阪地裁は無罪判決を下したが、2014年01月に二審の大阪高裁は一審判決を破棄し懲役20年の逆転有罪判決を言い渡した。2014年06月に山本國春は引退し健國会は解散した。健國会で若頭を務めていた袖岡勝二が後身組織となる『須磨連合』を結成して代表に就任、地盤を引き継いで四代目山健組の直参となった。

2015年06月、最高裁は上告を棄却し山本國春の懲役20年が確定した。2015年08月末に六代目山口組が分裂すると須磨連合は神戸山口組の三次団体となり、その後に名称を健國会に戻した。

2015年10月、2000年頃に破門されていた元五代目山口組『三代目山健組』若頭補佐で『三代目健竜会』会長だった山本一廣が、神戸山口組『四代目山健組』舎弟頭補佐として渡世に復帰。山本一廣は健國会総裁に就任することとなった。

山本國春が四代目山健組若頭の頃の健國会は構成員が300人以上居たと言われ、四代目山健組の中でもかなり勢いがあったとされる。2013年頃に「六代目山口組の直参にならないか」と打診されていたが断ったという話もあるようだ。



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