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2024年09月、京都を拠点とする七代目会津小鉄会が代替わりし、六代目山口組若中だった淡海一家の高山誠賢(髙山義友希)総長が八代目会津小鉄会会長を継承するとみられることが分かった。

会津小鉄会は幕末から続く老舗組織だが、組員の減少が続き、内部でのクーデター騒動などもあった。高山総長は四代目会津小鉄会会長の実子だが、会津小鉄会には属さず六代目山口組で直参を務めていた。

高山総長は六代目山口組から離脱して八代目会津小鉄会会長を継承するとみられているため、会津小鉄会は六代目山口組の傘下に収まるわけではなく、独立組織のままだという。

2024年09月30日、八代目会津小鉄会の継承式典が執り行われ、高山総長が八代目会津小鉄会会長を継承した。


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古都の暴力団「会津小鉄会」 8代目は山口組直系組長に、警察当局は情勢を注視
2024/9/30 19:49

(産経新聞) https://www.sankei.com/article/20240930-VJDG7CIMPZJXRB2UIQD3VAMHBQ/

司忍組長の名前も…六代目山口組が「サプライズ人事」で京都名門組織を“完全掌握”の決定的写真!
2024.10.03 17:29

(FLASH) https://smart-flash.jp/sociopolitics/309511/1/1/

司法による締め付け強化を背景に進む「ヤクザ版M&A」の実態とは?
2024年11月11日

(週刊プレイボーイ) https://wpb.shueisha.co.jp/news/society/2024/11/11/125110/

山口組直系組長がトップに 京都の会津小鉄会
2024年11月28日 12時04分

(共同通信) https://www.47news.jp/11829056.html

「会津小鉄会」8代目会長に山口組直系組長が就任…高山義友希総長は元信金マンの“エリートやくざ”
2024/11/30 06:00

(日刊ゲンダイ) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/364213

京都市が拠点の暴力団「八代目会津小鉄会」山口組との関係が強固に 背景に何が?
2025年1月19日 5:00

(京都新聞) https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1402743

京都市左京区「八代目会津小鉄会」指定暴力団に 山口組の直系組長が異例のトップ転出
2025年7月25日 17:23

(京都新聞) https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1529371


このニュースのまとめ

  • 2024年09月、京都を拠点とする独立組織の七代目会津小鉄会が代替わりし、六代目山口組若中だった淡海一家の高山誠賢(髙山義友希)総長が八代目会津小鉄会会長を継承するとみられることが分かった。
  • 高山総長は四代目会津小鉄会会長だった高山登久太郎の実子だが、会津小鉄会には入らず、2003年に五代目山口組『初代弘道会』に加入して渡世を開始した。自身で滋賀に淡海一家を立ち上げて組長に就任し、2009年には内部昇格で六代目山口組の直参に昇格した。
  • 高山総長は同和団体会長を恐喝したとして2010年に逮捕され、2015年に懲役8年が確定。病気の容体が重篤なため収監が見送られていたが、2017年に虚偽の診断書で収監逃れをしていた疑惑が浮上。その後すぐに出頭して大阪刑務所で服役し、2023年08月に出所していた。この事件では六代目山口組の高山清司若頭も逮捕されていて、高山若頭は懲役6年を受けて服役し、2019年に出所している。
  • 会津小鉄会は幕末から続く京都の老舗組織で、1989年の最盛期には約2000人の構成員が居たが、現在は約40人に衰退しているとみられる。2017年に本部内でクーデターが発生し、双方ともに七代目会津小鉄会を名乗る事態となった。2つの会津小鉄会は並立していたが、2021年に一本化していた。
  • 高山総長は六代目山口組から離脱して八代目会津小鉄会会長を継承するとみられていて、会津小鉄会は六代目山口組の傘下となるわけではなく、一本独鈷のままだとされる。高山総長が率いる淡海一家も六代目山口組から離脱して会津小鉄会の傘下となり、代替わりして上野隆若頭が二代目総長を継承したという。
  • 七代目会津小鉄会の金子利典会長は引退せず、八代目会津小鉄会総裁として現役を続けるとみられている。
  • 2024年09月30日、京都府京都市左京区で八代目会津小鉄会の継承式典が執り行われ、六代目山口組若中だった淡海一家の高山誠賢(髙山義友希)総長が八代目会津小鉄会会長を継承した。継承式には、六代目山口組若頭補佐で三代目弘道会の竹内照明会長、六代目稲川会の内堀和也会長などが出席した。
  • 2024年11月28日、京都府公安委員会は、今日の官報に会津小鉄会の代表変更を公示した。


会津小鉄会の経歴

会津小鉄会は、1868年に会津小鉄こと上坂仙吉が京都府で結成した老舗の博徒組織。1935年に二代目の上坂卯之松が亡くなると会津小鉄の名跡は途絶えたが、会津小鉄の系譜を受け継いでいる二代目中島連合会の図越利一会長が、1975年に三代目会津小鉄会会長を襲名。京都で最大規模の暴力団組織となった。

2017年01月、六代目会津小鉄会の内部でクーデターが勃発。クーデターの背景には六代目山口組と神戸山口組の分裂抗争が関係していて、神戸山口組が六代目会津小鉄会の馬場美次会長と交流があるため、六代目山口組が会津小鉄会から神戸山口組の影響力を排除する目的で、原田昇若頭を担いで代替わりさせようとしたとみられている。

原田若頭派は会津小鉄会の本部を占領し、馬場会長に無断で「原田昇が七代目会津小鉄会会長に就任した」とする虚偽の文書を関係先にFAXしたが、クーデターを聞きつけた神戸山口組系組員らが会津小鉄会の本部に駆けつけ、乱闘する騒ぎに発展。六代目山口組系幹部らも本部に駆けつけたが、神戸山口組が加勢した馬場会長派は原田派を追い出して本部を奪還。原田若頭を絶縁処分した。

両山口組の介入もあって、会津小鉄会は馬場会長を支持する親神戸山口組の勢力と、原田若頭を支持する親六代目山口組の勢力に分かれた。クーデター騒動後、馬場会長は金子利典顧問に七代目を譲り、七代目会津小鉄会が発足したが、原田若頭も六代目山口組を後見として七代目会津小鉄会会長を襲名。2つの七代目会津小鉄会が並立する状態となった。

2021年01月、2つに分裂していた七代目会津小鉄会は合流し、金子利典会長、原田昇若頭の体制で一本化された。会津小鉄会の本部は乱闘事件などの影響で使用禁止となり、2021年04月に民間の不動産業者に売却し、解体されている。最盛期には約2000人もの構成員を有していたが、現在は約40人程にまで減少しているとされる。




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