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青木会長は、六代目山口組『三代目誠友会』で若頭補佐や若頭代行を務めた後に除籍され、2016年に神戸山口組へ加入して復帰。神戸山口組幹部、若頭補佐、副本部長と昇格し、2022年09月には本部長に抜擢されて神戸山口組の最高幹部となっていた。

2023年03月に神戸山口組から脱退し、六代目山口組『三代目弘道会』傘下『野内組』へ移籍した。


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青木和重会長の経歴

青木会長は1963年11月生まれ。六代目山口組『三代目誠友会』で若頭補佐や若頭代行を務め、自身で一竜会を率いていた。

2013年に三代目誠友会の船木一治会長が亡くなり、渡部隆最高顧問が四代目誠友会会長を継承したが、青木会長は四代目体制とは軋轢があったとされ、その影響もあってか、青木会長は2015年11月に除籍された。

2016年03月頃から神戸山口組への加入話が持ち上がり、07月に神戸山口組へ加入し、渡世に復帰した。神戸山口組若中に就任し、自身で五龍会を結成した。

2016年07月、北海道札幌市にある青木会長の自宅に車が突っ込む事件が発生。六代目山口組『四代目誠友会』幹部らが逮捕された。2019年11月、青木会長の自宅に再び車が突っ込む事件が発生。六代目山口組『三代目弘道会』傘下『福島連合』組員が逮捕されている。

2018年11月に神戸山口組幹部に起用され、2020年08月に若頭補佐に昇格。2021年06月に神戸山口組副本部長に就任し、2022年09月には本部長に抜擢され、神戸山口組の最高幹部となった。


池田組との親戚縁組でトラブル

2022年09月、神戸山口組は、神戸山口組から離脱して独立組織となっている岡山県の池田組と親戚関係を結んだ。池田組は先に神戸山口組から離脱していた絆會(旧・任侠山口組)と同盟を組んでいるため、神戸山口組、池田組、絆會の三派連合が発足したとされた。

青木会長は、神戸山口組若頭補佐だった百八竜会の竹本均会長とともに、池田組と絆會の幹部らと食事会に出席するなどして親交を深め、池田組との親戚縁組に奔走していたという。

絆會は結成後に神戸山口組を痛烈批判していたこともあって、2017年09月に神戸山口組系組員(当時)が絆會の織田絆誠会長の車列を銃撃し、ボディーガード役の組員が亡くなっていた。この過去の遺恨を解消すべく、亡くなった組員の5回忌の命日供養に、神戸山口組から青木会長と竹本会長が事件現場へ弔問に訪れ、焼香をあげた。

しかし、神戸山口組の井上邦雄組長は今も絆會の織田会長を快く思っておらず、命日供養に青木会長ら神戸山口組の幹部らが焼香したことに激怒。三派連合の音頭を取った神戸山口組副組長だった二代目宅見組の入江禎組長が離脱する事態となった。


離脱、野内組へ移籍

2023年03月03日、青木会長は神戸山口組の井上邦雄組長に脱退することを告げ、神戸山口組から離脱した。共に池田組との親戚縁組に奔走した竹本会長は、02月に破門処分されていて、神戸山口組では2022年08月以降、直参6人が離脱・破門で神戸山口組から去っている。

青木会長は現在のところ引退はしていないとみられ、五龍会は独立組織となっているもよう。

2023年03月22日、青木会長は六代目山口組『三代目弘道会』傘下『野内組』へ移籍。野内組舎弟に就任したとされる。これに伴い、神戸山口組は青木会長を絶縁処分とした。




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