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2015年11月18日、六代目山口組の二次団体『三代目弘道会』とその傘下の『二代目佐々木一家』を千葉県警が家宅捜索したという情報があった。

『二代目佐々木一家』組員が元組員を殴って金を脅し取ろうした疑いで逮捕されており、その関係先として家宅捜索が行われたようだ。


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「弘道会」本部を家宅捜索、恐喝未遂容疑で組員逮捕
2015年11月18日 11:38

(TBS News i) http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2638675.html

山口組弘道会の本部などを家宅捜索
2015年11月18日 14:41

(日テレNEWS24) http://www.news24.jp/articles/2015/11/18/07315166.html

山口組弘道会本部を千葉県警が捜索
2015年11月18日(水) 19時45分

(CBC NEWS i) http://hicbc.com/news/detail.asp?cl=c&id=0003EEB3

弘道会本部を家宅捜索 千葉県警、恐喝未遂事件で
2015.11.18

(zakzak by 夕刊フジ) http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20151118/dms1511181529013-n1.htm


このニュースのまとめ

  • 2015年10月末、六代目山口組の二次団体『三代目弘道会』傘下『二代目佐々木一家』組員の古川亜紀男(35)ら2人が逮捕された。
  • 逮捕容疑は2015年09月に千葉県の路上で元組員の男性(55)の顔を殴り「お前の代わりに俺が組に金を払った、重機の修理代100万円を払え」などと言って金を脅し取ろうとした恐喝未遂の疑い。
  • 2015年11月18日、その関係先として名古屋市中村区にある『三代目弘道会』とその傘下で名古屋市南区にある『二代目佐々木一家』の2箇所を千葉県警が家宅捜索した。


弘道会について

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三代目弘道会本部とみられる建物 【出典】https://www.google.co.jp/maps/place/〒453-0067+愛知県名古屋市中村区宿跡町1丁目117/

弘道会

三代目弘道会(こうどうかい)は愛知県名古屋市中村区宿跡町1-117に本部を置き兵庫県神戸市中央区熊内町9-2-29に神戸事務所を置き愛知県名古屋市緑区乗鞍2-1304に本家を置く暴力団で、六代目山口組の二次団体。

<弘|道>

◆弘道会系譜
初 代 - 司 忍
二代目 - 髙山清司
三代目 - 竹内照明
 
◆三代目弘道会組織図
会 長 - 竹内照明(六代目山口組若頭補佐・中部ブロック長)

◆執行部
若 頭 - 中野寿城(四代目山本組組長)
舎弟頭 - 中村英昭
舎弟頭補佐 - 鈴木 覚(正道会会長)
舎弟頭補佐 - 福島康正(福島連合会長)
本部長 - 間宮誠治(五代目河村一家総長)
若頭補佐・組織統括委員長 - 小松数男(小松組組長)
若頭補佐・渉外統括委員長 - 野内正博(野内組組長)
若頭補佐 - 古川陽忠(示道会会長)
若頭補佐 - 松山 猛(十代目稲葉地一家総長)
若頭補佐・懲罰統括委員長 - 大栗 彰(大道興業組長)
若頭補佐 - 野口新吾(二代目野口興業組長)
事務局長 - 室橋宏司(室橋興業組長)
 
◆舎弟
顧 問 - 武藤宏史(西部連合会長)
顧 問 - 浜田健嗣(浜健組組長)
相談役 - 中島 譲
舎弟・関東統括責任者 - 藤島洋志(藤島組組長)
舎 弟 - 磯部伸治(十代目常滑一家総長)
舎 弟 - 木村晃司(二代目野崎組組長)
舎 弟 - 関谷優二(関谷組組長)
舎弟・東北統括責任者 - 金田基一(金田組組長)
舎 弟 - 桑原達彦
舎 弟 - 浅丘健次(浅丘組組長)
舎 弟 - 山原清市(山原組組長)
舎 弟 - 石神正悟(六代目水谷一家総長)
 
◆幹部
加藤英喜(加藤組組長)
吉島 宏(三代目米川組組長)
中島政義(二代目中島会会長)
若生 肇(二代目小笠原一家総長)
中島政春(中政組組長)
鈴木吉実(五代目導友会会長)
石原道明(四代目髙山組組長)
押見 晃(稲葉地一家副総長 稲神総業組長)

最終更新:2015-11-14 21:48:21
出典 http://wikiyakuza.wiki.fc2.com/wiki/弘道会

三代目弘道会は六代目山口組の二次団体、愛知県名古屋市中村区に本部を置いている。会長の竹内照明は六代目山口組若頭補佐。 

弘道会は後の六代目山口組組長・司忍が組織した組織で、三代目山口組『弘田組』が前身となっている。弘田組は三代目山口組鈴木組の傘下組織だったが1966年に鈴木組が解散、若頭を務めていた弘田武志が地盤を引き継いで弘田組を結成、三代目山口組の直参となる。 

1984年の四代目山口組跡目問題で弘田は山本広派に回ったが、一和会には参加せずに引退。弘田組で若頭を務めていた司忍が地盤を引き継いで結成したのが弘道会である。司は弘道会を率いて四代目山口組発足と同時期に直参となった。 

1989年に五代目山口組が発足すると司は五代目山口組若頭補佐に抜擢され、執行部入りする。2005年03月には弘道会会長を退き代替わりさせ、若頭を務めていた高山清司が二代目弘道会会長を継承し五代目山口組の直参となった。 

2005年05月、司は五代目山口組若頭に昇格し、2005年08月には六代目山口組組長を襲名、暴力団社会の頂点となる。高山は六代目山口組若頭に起用され、山口組本家の運営も弘道会体制となった。 

2010年11月に高山は恐喝容疑で逮捕され、2014年06月に懲役6年の実刑が確定して収監されている。2013年に二代目弘道会会長を退き代替わりさせ、若頭を務めていた竹内照明が三代目弘道会会長を継承し六代目山口組の直参となった。 

2014年11月に竹内は六代目山口組幹部に昇格、2015年04月には六代目山口組若頭補佐に就任している。 

弘道会は結成してから地元の組織と抗争を繰り返し、常に勝利してきた歴史があるようだ。名古屋の老舗組織を解散に追い込んだり、弘道会の傘下に治めたりして名古屋の代紋を統一した。 

経済面でも公共工事や用心棒代の他に、風俗店の管理や風俗情報誌などにも手を広げ、豊富な資金を獲得していたという。弘道会本部の地下にあるプール一杯分の資金があると言われているようだ。 

弘道会は六代目山口組組長を輩出すると、今までの山健組に替わって一気に主流派に躍り出る。組長と若頭のポストを独占し、後には若頭補佐にも1人配置。山健組系の組織は冷遇され、名古屋寄りの弘道会シンパ組織が重用されるようになったとみられている。 




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