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2021年02月12日に熊本県八代市のアパート前で女性が刃物で刺されて亡くなる事件が発生し、02月14日にこの事件の犯人とみられる男が、事件現場から約1kmの場所にある山中で首を吊っているのが発見された。

男は元六代目山口組若中で三代目大門会元会長の奈須幸則で、一方的に好意を寄せていた女性を刺した後に自決したとみられている。

奈須元会長は1995年に三代目大門会会長を継承して五代目山口組の直参となったが、2008年に後藤組処分問題に連座して六代目山口組から絶縁され、渡世から引退していた。


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八代市のアパート玄関前で女性の刺殺体
2021年02月12日 12:43

(熊本日日新聞) https://kumanichi.com/news/id111486

アパート駐車場で女性死亡 複数の刺し傷 熊本 八代
2021年2月12日 15時40分

(NHK) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210212/k10012862611000.html

熊本 女性殺害事件 亡くなったのは41歳の母親と確認
2021年2月13日 14時50分

(NHK) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210213/k10012864201000.html

自殺の男が関与か 八代市の女性刺殺 包丁に被害者血痕
2021年02月15日 20:39

(熊本日日新聞) https://kumanichi.com/news/id114240

熊本 41歳女性殺害事件 既に死亡の70代男の犯行か
2021/02/16 06:13



(テレ朝news) https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000207239.html

八代殺人事件 容疑者は71歳の男 被害者の勤務先で接点
2021年2月19日 11:57

(熊本放送) https://rkk.jp/news/backno_page.php?id=NS003202102191142460111

八代市の女性刺殺 自殺した男の身元判明
2021年02月19日 19:46

(熊本日日新聞) https://kumanichi.com/news/id118999



このニュースのまとめ

  • 2021年02月12日07時50分頃、熊本県八代市宮地町にあるアパートの一室の玄関前で、平田久美子さん(41)が大量に血を流して倒れているのを近隣住民が発見し、119番通報した。
  • 平田さんは心肺停止の状態で病院に搬送されたが、死亡が確認された。司法解剖の結果、腹や背中や首などに複数の刺し傷があり、手には抵抗した際にできる防御創があった。刃物で刺されたとみられ、死因は出血性ショック。
  • 平田さんはこのアパートの住人で、子ども2人と3人暮らし。室内からも平田さんの血痕が検出されていて、警察は何者かによる殺人事件として捜査している。
  • 2021年02月14日10時過ぎ、現場から約1km離れた熊本県八代市妙見町の山中にある遊歩道で、男性が首を吊って死亡しているのが発見された。自殺だとみられている。
  • 警察によると、この男性は平田さんの知人で、事件後の聞き込みなどから関係者として浮上しており、現場付近の防犯カメラにも男性の容姿と一致する人物が写っていた。警察が事情聴取する予定だったが、行方が分からず接触できていなかったという。
  • 2021年02月19日、自殺した男性は元六代目山口組若中で『三代目大門会』元会長だとみられる奈須幸則(71・熊本県八代市)だと判明した。
  • 奈須の服や周辺に落ちていた刃渡り約26cmの包丁に付着している血痕のDNAが平田さんと一致していて、奈須が平田さんを包丁で刺した後に自殺した可能性が高いとみられている。
  • 平田さんは整体の店で2020年夏ごろまで働いていて、奈須と顔見知りになったという。知人に「昨年秋頃から(奈須に)自宅周辺をうろつくなどの付きまとい行為を受けている」などと話していたという。また、平田さんと奈須との間に金銭トラブルがあったとされている。



大門会について

大門会は近藤光利初代が立ち上げた熊本県の独立組織。近藤初代は九州最後の博徒と呼ばれ、服役中に熊本市議会議員に当選するという異色の経歴の持ち主で、土建業として近藤組を営んでいたが、市議も土建業も捨てて任侠道に進み、大門組を興して熊本県内で有力な組織に育て上げた。

1988年07月に近藤初代は引退し、大関大が二代目を襲名。大関二代目は跡目継承と同時期に大門組を大門会に改称し、四代目山口組『二代目山健組』に加入。渡辺芳則組長の舎弟となり、二代目大門会は山口組入りした。

1989年05月に五代目山口組が発足すると、大関二代目は内部昇格で五代目山口組の直参となり、二代目大門会は直系組織となる。

1995年06月に大関二代目が引退し、奈須幸則が三代目大門会会長を継承。奈須三代目は初代大門組からの生え抜きで、二代目大門会副幹事長などを務め、自身でも奈須一家を率いていた。奈須三代目は代替わりで五代目山口組の直参となった。

2005年08月に六代目山口組が発足すると、奈須三代目は引き続き六代目山口組若中となる。

2008年10月に後藤組処分問題が起こると、奈須三代目は他の複数の直参らと一緒に後藤組長を擁護し、執行部を批判する会合に出席。これが六代目山口組の高山清司若頭に見つかり、出席していた他の直参らとともに六代目山口組から処分された。奈須三代目は最も重い絶縁処分となり、渡世から引退。三代目大門会は解散した。

三代目大門会で若頭補佐を務めていた清崎達也が、三代目大門会の地盤を継承して大志会を結成。清崎会長は二代目大門会『水元組』組員として渡世を歩み、上部団体の二代目山健組の部屋住みを務め、1989年05月に発足した五代目山口組で渡辺組長の目に留まり、山口組本家で渡辺組長の護衛を担当するなどしていた。

清崎会長は大志会を率いて六代目山口組『光生会』に加入した後、2010年03月に内部昇格で六代目山口組の直参となり、大志会は直系組織となった。清崎会長は六代目山口組総本部当番責任者を務めた。

2015年08月末に六代目山口組が分裂すると、清崎会長と大志会は六代目山口組を離脱し、神戸山口組の結成に参加。清崎会長は神戸山口組若中となり、その後に組長秘書も兼任した。

2015年11月、清崎会長は名跡が途絶えていた大門会を再興し、四代目大門会会長を継承。

2016年04月に四代目大門会が本部を置く熊本で、最大震度7を記録する熊本地震が発生。清崎四代目や組員は被災者支援のボランティア活動を行い、四代目大門会の本部事務所前などで救援物資を配布した。この活動は写真週刊誌や夕刊紙などに取り上げられた。

2017年04月、清崎四代目は神戸山口組幹部へ昇格している。

四代目大門会では一般人の男性を脅して組事務所の当番をさせたり、一般人の男性を神戸山口組の本部事務所に派遣して当番をさせるなどの事件で摘発されていて、組員の人数が減少しているとみられている。

2019年11月には四代目大門会の組事務所前で、清崎四代目が六代目山口組系組員らに刃物で襲撃される事件が発生している。



髙山若頭からの警告 続・弘道会の野望


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