神戸山口組を研究する会

『神戸山口組を研究する会(仮)』は山口組分裂騒動を中心に、暴力団組織、反社会勢力、半グレ、裏社会、それらに関連する事件や出来事などについて研究する会のサイトです。

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タグ:人事

nouchi

2019年11月中旬、六代目山口組『三代目弘道会』が人事を刷新し、中野寿城若頭が舎弟頭補佐に直り、野内正博統括委員長が新たに若頭に就任した。野内組長は六代目山口組が分裂して以降、神戸山口組の組員らと何度も抗争を繰り返し、対立組織を切り崩して傘下に収め、勢力も拡大していた。

山口組分裂抗争のキーマンとなっていた野内組長は、六代目山口組の直参に昇格するかとみられていたが、三代目弘道会のナンバー2に納まることとなった。続きを読む
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2019年02月12日、神戸山口組総本部長で『正木組』組長の正木年男が、総本部長を辞任して舎弟に直っていたことが分かった。正木組長は神戸山口組の井上組長から、組織運営をめぐって叱責されたとみられていて、納得いかない正木組長は総本部長の辞任を申し出たとされる。

2019年02月15日、神戸山口組の執行部会が開催され、正木組長の辞任が承認されたとみられる。続きを読む
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任侠山口組

2018年03月23日、任侠山口組が大型人事を断行した。これまでに無かった若頭などの役職を新設し、人事異動や傘下組織名の改称なども行った。新たな組織図をまとめてみるが、間違っているかもしれないので、参考程度にしてもらいたい。

2018年04月13日、任侠山口組直参で二代目輝侠会会長の田中誠二と、直参で二代目土倉組組長の土倉龍二が除籍破門され、それぞれの代目が抹消された。二代目輝侠会を澤野榮二が、二代目土倉組を稲山恵が引き継ぎ、任侠山口組の直参に昇格した。続きを読む
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Roku

2018年04月05日、六代目山口組が幹部人事を行い、若中だった六代目豪友会『加藤徹次』会長が幹部に就任した。 続きを読む
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2017年11月末、神戸山口組舎弟で『健心連合会』会長の伊藤寿邦が直参を降りたという情報があった。伊藤は三代目山口組『山健組』傘下『健心会』の出身で、健心会~二代目健心会で最高幹部を務めた後に除籍されていたが、2016年12月に健心連合会を結成して会長に就任し、神戸山口組舎弟として渡世に復帰していた。

2017年04月末に神戸山口組が分裂して任侠団体山口組(後に任侠山口組へ改名)が結成されると、伊藤は神戸山口組を離脱して任侠団体山口組に参加したが、その後に一転して神戸山口組へ出戻っていた。

今回、伊藤は神戸山口組の直参を降りる意向を示して神戸山口組舎弟を返上し、神戸山口組『太田興業』特別相談役もしくは相談役に就いたとみられている。 続きを読む
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光安克明

2016年03月23日頃、六代目山口組の二次団体で福岡市博多区にある『光生会』が、同じく二次団体で福岡市中央区にある『二代目伊豆組』の傘下組織となることが分かった。

光生会の光安克明会長は六代目山口組若頭補佐と九州ブロック長を務める執行部の一員だったが、本家の役職を返上して二代目伊豆組の相談役か舎弟に就いたようで、異例の降格となっている。続きを読む
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太田

2016年01月16日、神戸山口組『四代目山健組』相談役の『太田興業』組長・太田守正が神戸山口組の舎弟に昇格したという情報があった。 

太田守正は六代目山口組の直参だったが2008年に除籍されて引退、2015年12月に神戸山口組『四代目山健組』相談役として渡世に復帰していた。続きを読む
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